第202話『審査2日目』

 ギネス記録の審査2日目がはじまった。

 俺は3Dの撮影スタジオで手を振っていた。


《”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす。え~、それじゃあ今日もギネス記録に挑戦していきたいと思いまーす》


>>イロハロ~

>>イロハちゃん、なんか声が疲れてない?(米)

>>さすがに昨日の今日だしな(米)


 ファンってすごいな。

 俺自身よりもずっと”翻訳少女イロハ”の変化に敏感だ。


「心配ありがとー。でも大丈夫だよ。過去に1度、喉を傷めちゃったことがあるでしょ? だからこそ、っていうのかな。今がセーフかアウトか感覚でわかるっていうか」


 これなら十分、最後まで保ちそうだ。

 まぁ、昨日のは予想以上のハードさではあったが。


 こうなると加減・・しておいたのは英断だったな。

 おかげで地獄までは見ないで済みそうだ。


>>イロハちゃん、ムリせんでもええからね?

>>いったい、全部で何ヶ国語やるんだろ?(米)

>>昨日30ヶ国語やったし、倍の60ヶ国語と予想(米)


 おっ、鋭い。

 ドンピシャだ。


 俺の目標はまさに、現在のギネス記録をすこしだけ上回る60ヶ国語だ。

 いわゆる必要十分ってやつ。


 正直、やろうと思えばもっと大幅に記録を伸ばすこともできる。

 だが、これ以上はめんどうくさ――ゲフンゲフン、物理的にしんどいし!


 なにより……昨日、ズルうんぬんの話をしたが、それを言うならこのチート能力こそズルそのものだしな。

 ギネス記録を獲得して、しかもキリのいい数字。あー姉ぇも視聴者も十分に満足してくれるだろう。


《それじゃあ、イロハさん。準備はいいですか?》


《はい。今日もよろしくお願いします》


 ギネスの認定員さんがタイミングを見計らって尋ねてくる。

 俺はそれに頷きを返した。


 限界に挑戦するのも重要だが、それは俺の本分ではないし。

 ほどよいところで切り上げて、早く終わったらその分は配信を見て過ごすぞー!


《イロハ~、疲れたらいつでもワタシの膝へ休みに来てもいいんだぞ~。それこそ、昨日の晩みたいに――》


《挑戦をはじめましょう! 今すぐに!》


 俺はあんぐおーぐの声をかき消すように、認定員さんに迫った。

 あいつめ、余計なことを言いやがって……。


 今日も今日とて、ガヤにはあんぐおーぐがいる。

 そして案の定、コメント欄のみんなが反応してしまう。


>>kwsk

>>え? 今、「昨日の晩、疲れ果てたイロハちゃんがおーぐに甘えて、抱き着いているうちにウトウトしちゃって、最終的に膝枕で眠っちゃった」って言ったか?(米)

>>↑いいぞお前、その内容で同人誌書いてこい(米)


《変な捏造をするな!》


 ちなみにそのあんぐおーぐだが、今日はマネージャーさん同伴だ。

 あるいは監視されている、といってもいい。


 さすがに2日連続でサボろうとしたのはマズかったらしく、バレて怒られていた。

 なので今日は俺の挑戦を見守りつつも、同時に自身も作業をさせられるそうだ。


《ええっと、それで……》


《気にしなくて大丈夫なので! 遠慮なくはじめちゃってください!》


《そうですか? わかりました。では31ヶ国語目、通話をお繋ぎしますね》


 コメント欄がおかしな方向に盛り上がるせいで、認定員さんを困惑させてしまったじゃないか。

 脱線はいつものことなので、俺は気にせず進行するように促した――。


   *  *  *


 2日目も審査は順調に進んでいった。

 そして、いよいよ次は58ヶ国語目……これに合格すれば、現在の記録とタイになる。


 残りの2言語はすでに決まっている・・・・・・から、実質この言語が最後だ。

 いやほんと、ここまで長かった。


《電話が繋がるまで、しばし時間がかかるようです。少々、お待ちください》


《わかりましたー》


 俺はぐぐっと伸びをした。

 それに合わせて3Dモデルも身体を伸ばしている。


 今日は慣れもあって昨日より進行が早く、現時点まででかかったのは3時間ほどだった。

 それでも、もうヘトヘトだ。


《ていうかこれ、見てる側のみんなもすごいよね。よく脱落せずについて来たもんだ》


>>まぁ、翻訳ニキがいてくれたからね(米)

>>どの言語でも、最低ひとりは現地民がいるのビビるわw

>>さすがイロハちゃんの配信なだけある(米)


 聞けば、この配信はかなり話題になっているようで、昨日今日とトレンドを独占しているらしい。

 うーん、予想以上の大ごとになっている気もしなくはないが……まぁいいか!


 ちなみに、コメント欄を見ていて「カンニングにならないのか?」という心配は無用だ。

 審査中は対策として、配信にきちんと遅延を設けている。


 まぁ、わざと遅延なんてしなくても元からコメントにはラグがあるし、翻訳してもらいながらじゃあ”流暢な”会話なんて成り立たないのは明白なのだが……。

 いわゆる保険、あるいは誠実さのアピールだ。


 人間は理屈だけじゃないから。

 ときにはこういう、感情的にもわかりやすいパフォーマンスが処世術として必要になる。


《っと、準備ができたようです。お待たせいたしました》


《いえいえー》


《それでは、いよいよ58ヶ国語目です!》


 それじゃあ、最後もサクッと合格しちゃうとするか。

 呼び出し音が鳴り、電話が繋がった。


 そして、聞こえてきた声は……。



『●▼□、△×※※……☆◇、イロハ』



 俺は思わず固まった。

 ここまで順調だったからこそ、油断していた。


 それは――俺の知らない言語だった。

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