第159話『スーパーダーリン』

《――地震だ》


 大地が揺れていた。

 あんぐおーぐが「キャアアア!」と甲高い悲鳴をあげ……。


 俺は「いやいや、そんな世界の終わりみたいな声出さなくても」と苦笑した。

 たしかに多少は揺れているが、そこまで大きな地震ではないのだ。


 これくらいなら、すぐに収まるだろう。

 しかし、彼女はかなりの恐怖を感じているらしい。


《ぎゃー! 死ぬー! 助けて神さまー!》


《あの~、おーぐ?》


 う~ん。

 もしこれが自分ひとりなら、気にせずベッドの上でゴロゴロしてるんだが。


 まぁ、油断しすぎてもアレだしなぁ。

 俺はあんぐおーぐをチョンチョンとつついた。


《おーぐ、おいで》


《……イロハ?》


 混乱している様子のあんぐおーぐを抱き寄せた。

 そのまま、一緒に机の下に潜る。


《大丈夫だよ。おーぐには、わたしがついてるから》


《……!》


 あんぐおーぐは俺にしがみついて、ギュッと目をつぶった。

 予想通り、地震はすぐに収まった。


《あー、あー。配信途切れてないよね? みんな大丈夫? 今日の視聴者はほとんどアメリカ在住だと思うから、あんまり関係ないとは思うけど。「お~い、日本勢~?」》


 パソコンのモニターを見る。

 すぐに日本語のコメントがいくつもついた。


>>そんなに大きくなかったし平気

>>若干、揺れたくらい?

>>けど配信見るのやめられねぇんだけど!


 まぁ、そんなリアクションになるよな。

 一応、SNSやニュースをチェックしたが、やっぱり大したことなかった。


《ほら、おーぐ。いつまで怯えてるの。もう終わったよ》


《本当に? ワタシ生きてる?》


《んな大げさな。津波も起きてないし、この程度の地震で死にゃしないよ》


《け、けどめちゃくちゃ揺れてたぞ!?》


《え? ん~まぁ、ちょっと揺れたかも?》


《ちょっとぉ!?》


>>うん、ちょっとだったな

>>正直、言われるまで揺れてるのにも気づかなかった

>>地震が来たなら、配信は一度閉じたほうがいいよね(米)


《え? 普通に続けるけど?》


《!?!?!?》


 あんぐおーぐがギョッとした顔でこちらを見た。

 え? なんか変なことをいったか? むしろ、いつもは彼女のほうこそ「もっと配信しろ」「ワタシの推しの配信頻度が低くてキレそう」って言ってくるのに。


>>地震で慌てないなら、日本人はいったいいつ慌てるんだい?w(米)

>>日本人を慌てさせようと思ったら、ゴズィラでも連れてくるしかないね(米)

>>電車が1分遅れたときだぞ(米)


《ちょっと? 偏見がすさまじいんだけど!?》


>>日本人は死が恐くないのか?(米)

>>これが”カミカゼ”の国か(米)

>>これが”ハラキリ”の国か(米)


《日本人はクレイジー》


《おーぐまで!? あ~、いやでも、うん! たしかに震度のわりには多少、体感大きかったかな~?》


>>おーぐが住んでるのって高層マンションだったりするんかな

>>高い階層に住んでるなら、体感大きかったのは納得

>>稼いでるし、かなりいい部屋に住んでそう


 それでか、と納得する。

 実際、この部屋はかなりの高層階にある。


>>地震の動画を見たけど、日本のビルはぐにゃぐにゃだったぞ(米)

>>おーぐ、そんなとこに住んでちゃ危ないからアメリカに帰っておいで(米)

>>日本のビルは地震で壊れないよう、あえて柔らかく作られているんだよ(米)


 まぁ、揺れが大きく感じるといっても、誤差くらいのちがいだ。

 かなりいいマンションなのもあるだろうが、なにより技術の進歩が目覚ましいのだろう。


>>インフラは大丈夫かい?(智)

>>ボクが日本に住んでいたとき、たいした地震じゃないのにすぐ電気が止まっていたから心配だよ(智)

>>↑なに言ってんだ? と思ったらチリ共和国の人だったわ……ナマ言ってスイヤセンした!


《おっ、ほんとだ。チリスペイン語。心配ありがとね~》


>>さすがは世界で唯一、マグニチュード9.5を経験した国だ。面構えがちがう

>>お前の国を基準にすんなwww

>>停電すら起こさない、お前の国の耐震技術がナンバーワンだ


 あんぐおーぐは頭を抱えていた。

 どうやら、あまりの常識のちがいに混乱しているらしい。


《おーぐも日本に住んでたらすぐ慣れるよ。さっきインフラの話も出てたけど、このくらいならわざわざ扉を開けておいたり、お風呂に水を貯めておく必要もないかな》


《お風呂!? 日本人はこんなときまで風呂の心配なのか!?》


《ちっがーう!? 水道が止まったときに備えてだよ! トイレを流すのに使ったり!》


《こ、こんなときまでトイレの話》


《そういう意味じゃねぇえええ!?》


>>それは……うん、さすがに僕も負けたよ(智)

>>チリニキすら敗北宣言してて笑った(米)

>>日本人っていっつもそうですよね、風呂とトイレのことばっかり(米)


 偏見やめろ! ほかにもいろいろ考えてるから!?

 たとえば……食事とか仕事とか貯金とか?


 す、すまんかった。

 俺もVTuberのことばっかりだから、ほかの人がなにに興味あるのかあまり知らない。


《まぁでも、こういうときくらいは家族に心配のメッセージを送ってもいいと思うけどね》


 俺は言いながら、こっそりとこちらを確認に来たシークレットサービスに「こっちは大丈夫だよ」とハンドサインを送った。

 あんぐおーぐはまったく気づいておらず、ずっと俺に引っついたままだった。


《……はぁ。わかったよ、おーぐ。今日は泊まっていってあげる》


《え!? いいのか?》


《こんな状態の女の子を、異国の地でひとりぼっちにはできないでしょ》


《い、イロハぁ~!》


 コメント欄に「これはスパダリ」という文字が流れた。

 だれが旦那じゃ。

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