第160話『逃した魚は大きい』

《ついにイロハがデレた!? まさか、自分から泊まるって言ってくれるだなんて!?》


 今回は特別だ。

 すでに1回泊まっちゃってるし……なんか、扉の陰からシークレットサービスのお姉さんに「お願い!」って拝まれちゃってるし。


 なにより、推しが日本で活動していく中で、憂いを残すわけにはいかない。

 しっかりと安心させて、今後も心置きなく配信してもらわないと。


《もう布団は届いてるんだよね? さすがに前みたいなのはもうゴメンだよ》


《も、もちろんだ!》


>>そっか、すでにふたりきりで一夜を過ごした仲だもんね(米)

>>幼女たちが一晩、同じベッドの上……なにも起きないはずはなく(米)

>>閃いた(米)


《勝手に変な想像をするなっ! 言っとくけど、前回もなにもなかったからね!? ただ、被れるものがタオルケット1枚しかなかったから、一緒に包まったってだけ・・で》


 そう視聴者たちに釘を刺す。

 誤解されがちだが、あんぐおーぐと俺の関係は悪友に近い。すくなくとも俺はそう思っている。


 彼女の好意だって、友だちの延長線上だろう。

 たまに暴走することもあるが、そういうこと・・・・・・をしたいわけじゃないはずだ。


《そうだぞー。オマエらが想像するようなことはなにもなかったぞ》


《ほら、おーぐだってこう言ってる》


《ワタシのパジャマを貸したから、お揃いになってうれしかったりはしたけどな》


 そんなことを思っていたのか。

 けれど、それくらいならまぁかわいいもんだ。


《あとはお風呂あがりだったから、イロハからワタシと同じ匂いがしてちょっと興奮したくらい》


《ん?》


《それに眠ってるときのイロハって、すっごく無防備だったな。クンカクンカしたり、ほっぺたをつついたり、手をギュッと絡ませたり、抱きしめたりしても全然気づかないくらいで》


《んんっ!?》


《正直、目がギンギンして一晩中、眠れなかったぞ。理性を保つのが精いっぱいだった。夜があと1時間長かったらヤバかったな! おかげで次の日は寝不足だったぞ》


《んんんっ!?!?!?》


 全然「だけ」で済むような内容じゃないじゃねぇえええ!?

 マジで貞操の危機だったんじゃねーか!?


>>おまっ、未成年の女の子になにしてんだ!(米)

>>おーぐは一回、逮捕されるべきw(米)

>>本当に大人の階段上りかけてて草(米)


《ま、まさか、ほかにはなにもしてないよね? これ以上のことはないよね!?》


《ん~……、あっ。イロハのおっぱいもこっそり揉んだんだけど、すごくやわらかかった》


《おまっ、わたしが寝てる間になにしてんだよぉおおお!?》


 俺はあんぐおーぐに掴みかかって、ガクガクと揺さぶった。

 大丈夫だよな? まだ俺って清い身体だよな!?


>>イロハちゃんはAに続いてBまで経験しました

>>↑それもう死語やろ

>>まぁ、結婚もしたし次は……ねぇ?


>>おっぱいやわらかかったって、もしかしてイロハちゃんわりと胸あるのか?

>>それは解釈不一致

>>べつにイロハちゃんが巨乳でもよくないですか? 僕はそう思いませんけど


《オマエらはマジでわかってない。かわいい女の子の身体はだな……”ちっぱい”までやわらかいんだぞ!》


《おーぐはいったい、なにを言ってるんだ!?》


>>でも、やっぱり巨乳には負けるよね?(米)

>>↑は? これは戦争

>>↑↑今、お前は言っちゃあいけねぇことを口にした


>>貧乳こそ至高、貧乳はステータス

>>↑自分に自信がないから巨乳を愛せないんだよ(米)

>>↑↑そんな卑屈にならなくても、おっぱいは決して怖くないよ!


 コメント欄がカオスの様相を呈してくる。

 なんだこれは。これが本当に、仮にも現役女子中学生の配信なのか!?


 俺は「いったい、どう収拾をつければいいんだ」と頭を抱える。

 みんなを鎮めたのは、あんぐおーぐの一声だった。


《――まぁでも、イロハはもう成長が止まって、生涯貧乳が確定したらしいけどな!》


>>あっ(米)

>>ごめんよイロハちゃん、オレたちこんなくだらないことで争って(米)

>>貧乳も巨乳もない。やっぱり平和が一番だよね、うん!


《お前ら表出ろやコラー!?》


 なんで急に俺が慰められなくちゃいけないんだ!?

 べつに胸の大きさなんて気にしてないが、なぜか屈辱的な気分だった。


《じゃあ、そういうわけで今日、イロハは泊まっていってくれる、と》


《なぜ今の流れで泊まってもらえると思った!?》


《だ、ダメなのか!? なんでぇえええ!?》


《自業自得だろうが!》


 あんぐおーぐが「そんなこと言うなよ」と俺に迫ってくる。

 俺はノートパソコンごと、ずささっとあとずさり……背後にあった段ボールにぶつかった。


《あっ!?》


《えっ?》


 雑に積み上げられていたそれが倒れて、中身をバサッとぶちまけてしまう。

 とっさに「ごめんっ」と謝りかけて気づく。これ……。


《おーぐ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど》


《そっ、それはちがうんだ!?》


《まだなにも聞いてないよ。けど、これだけ大量の……わたしの・・・・同人誌。いったいどうしたのかな?》


《……》


 決定打だった。俺は荷物をまとめはじめた。

 あんぐおーぐが抱き着いて、引き留めようとしてくるが知るか!


《わーっ! わーっ! 待ってくれイロハ!》


《こんなところにいられるか! わたしは帰らせてもらう!》


 片づけるどころか荷物が増えていた理由がよくわかった。

 そして、もう二度とあんぐおーぐにスキを見せちゃいけない、と決心した。


《もしもし、あー姉ぇ? 今から来られる? さっき地震があったでしょ? おーぐがひとりじゃ寝るの怖いんだって》


《悪かったよイロハー!? 謝るから、アネゴと一緒に寝るのだけはイヤだー!?》


 俺は配信終了後、あー姉ぇにあんぐおーぐを押しつけて帰った。

 彼女の寝相の悪さを知っているあんぐおーぐは悲鳴をあげていた。


 しかし、まさか一晩一緒に寝ただけでそんなことをされていたとは。

 アメリカに引っ越して本格的に同棲がはじまったら、いったいどうなってしまうのか、先が思いやられる……。


   *  *  *


 それから、しばらく。

 あんぐおーぐが来てからの日本生活は、波乱万丈に進んでいった。


 そのかたわらで、俺もアメリカ行きの準備を進めている。

 しかし、ついにひとつの問題にぶち当たっていた。それは……。


「これだけ大量のグッズ、さすがに持ってはいけないよなぁ」


 俺は貸し倉庫の前で腕を組む。

 そこには部屋に収まりきらないほどに増えた、推したちのグッズが並んでいた――。

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