第161話『前世からの遺言書』


 俺は「ふむ」と腕組みして、貸し倉庫に並んだコレクションを眺めた。

 自然と、にへらぁ~と相好が崩れてしまう。


「うぇへへへ! 推しのグッズがこんなに。なんて幸せ空間なんだここは! うわっ、懐かしいな~。これ、俺が一番最初・・・・のほうに買ったやつだ!」


 コルクボードにピンを刺し、きれいに並べられたキーホルダーのひとつを手に取る。

 そうそう、この時期はまだVTuberに”ハマりかけ”だったんだよなぁ~。


「推しのアイテムを飾る、みたいな発想も当時はなくって。実用しまくってたからボロボロだ。まぁ、しばらくして再版されたときに全種類コンプし直したんだけど」


 この倉庫には俺の思い出が詰まっていた。

 とくに貴重なグッズ……VTuber黎明期のアイテムなんかはすでに自室へと移しているが、量が量なだけに大部分がここに収められている。


「なんにせよ、本当によかった。こうして無事にグッズを回収・・できて」


「イロハちゃんぅ~、こんなところでなにしてるのぉ~?」


「!?!?!?」


 急に背後から聞こえた声に、俺はバッと振り返った。

 そこには不思議そうな顔でこちらを見ている、マイの姿があった。


「んなっ!? どうしてここに!?」


「いやぁ~。イロハちゃんが日本にいる期間もあとすこしでしょぉ~? だから、一緒に遊びたいなぁ~って家を訪ねたんだけどぉ~……そうしたら、ちょうど同じタイミングでイロハちゃんが出てきたからぁ~」


「だったら、そのとき声をかければよかっただろ!」


「えぇ~? でも、なんだかキョロキョロと周囲を見渡したり、挙動不審だったからぁ~。これはイロハちゃんの弱みを握るチャンスかもぉ~って!」


「ロクでもねぇ理由だな!?」


 しかし、よりによってマイにここがバレてしまうだなんて。

 いや、あー姉ぇじゃなかっただけマシだと思うべきか。


「それにしても、すっごいグッズの量だねぇ~。これどうしたのぉ~?」


「もちろん。わたしが自分で買い集めて――」


「さっき『回収した』って言ってたけど、だれかに貸してたのぉ~?」


 なぁー!? 俺のアホぉおおお!

 テンションが上がりすぎて、思考がダダ洩れだったー!?


 もしかして、ほかにもなにかマズいことを言っちゃったりしてないよな?

 マイは俺の秘密にもっとも近い位置にいるから、心配だ。


「えーっと、亡くなった知り合いのVTuberヲタクから譲り受けたんだよ」


「そう、だったんだぁ~」


 マイが神妙そうな顔で頷く。

 しんみりさせて申し訳ないが、自分の”前世”のグッズを回収しただけだからそんな大層なもんじゃない。


 けど、本当にグッズたちが無事でよかったよぉ~!

 回収できたのはつい数ヶ月前だ。そこまで本当に長い苦労があった。


 まず第一に、あの事件の直後……俺が動けない期間があった。

 そのときはもうずっと、「すでに処分されてしまっているのでは?」という不安に苛まれていた。


 しかし、それを守ってくれたのは意外なものだった。

 それは――法律だ。


 前世の俺に身内(この場合は相続人というべきか?)はいなかった。

 だからといって、大家さんが勝手にアパートの部屋を解約したり、荷物を処分したりはできないそうだ。


 じゃあ、どうするのかというと相続財産管理人の申し立てを行うのだと。

 そうして選任された弁護士などが精算し、大家さんは未払いの家賃などが回収できるそう。


 で、ここからが重要なのだが……。

 もしもまだ財産が残っていた場合、相続人がいないことが再度調査されるらしい。


 そして、半年以上たっても相続人が現れなかった場合、ようやく”特別縁故人”に権利が回ってくる。

 法律上は『他人』であっても、特別な縁故があった人が遺品を相続できるのだ。


「けど、イロハちゃんにそんな深い仲のファン仲間がいたなんてぇ~。マイ、知らなかったなぁ~」


「いや~、あはは……」


 もしここで特別縁故人もいなければ、財産は国のものになる。

 そこまで進んでいたら、俺がコレクションを回収するのは絶望的だった。


 すなわち俺は特別縁故人として、前世の俺のコレクションを相続……したわけではない!

 相続できなかったんだが!?


 いやまぁ、考えてみれば当然の話で……。

 申し立てしようとしたら「いやキミ、この人となんの関係もないよね」と言われてしまったのだ。


 いやもう、「そうですね」としか言いようがなかった。

 だって関わりなんて、死後にしかなかったし。


 そうなると、コレクションはそのままオークションなどに賭けられることになる。

 散り散りとなったそれらをすべてを回収しきるなんて、ほぼ不可能といっていい。


 俺は「完全にオワッタ」と絶望し……。

 そのとき、予想外のことが起こった。



 ――”遺言書”が見つかった。



 遺書ではない。法的にも有効な遺言書が、だ。

 当然だが、俺はそんなものを書いた記憶なんてない。


 だから確実に偽造だった。

 しかし、どこからともなく湧いて出たそれによって、俺はコレクションを相続することになった。


 こんなミラクル、普通に考えて起きるはずはない。

 どこかから圧力なり手回しがあったことは明確だった。


 そして、俺とその死んだ男性・・・・・に縁があったことを知っている人物なんてかぎられている。

 間違いなく”彼女”の仕業だった。


 まぁもともと、彼女に知られるリスクとコレクションを天秤にかけた上での決行だったので、気づかれてしまったことそのものは当然の成り行きなのだけど。

 ただ、まさか彼女のほうから協力してくるなんて……。


 これ絶対、報酬の前払いだよなぁ。

 俺がノーベル平和賞を辞退できなかったのは、そんな理由もあったりする。


「はぁ~」


 まったくあの親子は揃いも揃って、いったいなにを考えているのやら。

 俺は大きくため息を吐いた――。


   *  *  *


 そして……いよいよ、アメリカ行きの日がやってくる。

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