第162話『同棲開始!~新たなる拠点~』
「ハァ~、もうアメリカ行きの日だなんテ、早すぎル! まだ全然、やりたいことが残ってるのニ!」
「そりゃ、毎日コンビニ飯ばっかり食べて、同人誌ばっかり読んでりゃそうなるよね」
「ち、ちっがーウ!? ほかにもいろいろ忙しかったんだっテ!?」
俺とあんぐおーぐはふたり、空港でそんな雑談をしていた。
彼女はまだ日本に未練があるらしく、「まだ帰りたくなイ」とブー垂れている。
「なぁイロハ。やっぱり、もうちょっとだけスケジュールをズラせないカ? 現地イベントが開催されるのっテ、べつに今日じゃないんだロ?」
「ダメに決まってるでしょ。なんのためにこの時期に引っ越すかわかってる? 手続きやら片付けやらを全部終わらせて、なんの憂いもない状態で100%イベントを楽しむためなんだよ?」
「オイっ、そこはウソでも『留学のため』って言えヨ」
「あー、うん」
「リアクション薄っ!? そういうのなんていうか最近、覚えたゾ。”本末転倒”」
俺は「失敬な」と鼻を鳴らす。
本末転倒などしていない、VTuberのイベントが”本”に決まっているのだから。
「いずれにせよ、延期はしないよ。おーぐに任せたら1ヶ月経ってもまだ部屋が段ボールまみれのままだし」
「ごっ、誤解ダ!? たしかに荷ほどきに時間はかかったけド、ワタシはちゃんと終わらせたんだゾ!? ケド、そのあとに日本ニキからのファンレターやプレゼントが何箱分も事務所から送られてきテ……」
「はいはい、そうだね~」
「本当なのニ~!?」
オオカミ少年だな。信じて欲しかったら日頃の行いを直せ。
なんにせよ、あんぐおーぐにとって1ヶ月は一瞬だったらしい。
1ヶ月が長いか短いかは人によるだろうが、俺の場合は……。
うん、もうお腹いっぱいかなっ!
だって、考えても見て欲しい。
マイとあー姉ぇだけでも大変なのに、そこにあんぐおーぐまで加わって……。
いやほんと、すさまじい日々だった。
というか、なんで俺のまわりにはトラブルメーカーしかいないんだ!?
「っと、3人が戻って来た。ありがとねー、荷物代わりに運んでくれて」
「イロハちゃんは非力だからね~。お姉ちゃんたちに任せなさいっ!」
「アネゴもこういうときには役に立つナ」
「こいつぅ~!」
あんぐおーぐとあー姉ぇがじゃれ合っている。
あー姉ぇたちが「これから大変なんだから、体力は温存しときなよ!」と言ってくれたので、俺たちは荷物を任せて休憩していたのだ。
「びぇえええぇ~ん! イロハちゃん、元気で帰ってきてねぇ~!」
マイが俺にしがみついてわんわんと泣いている。
いつもはあんぐおーぐが張り合ってくるが、今日ばかりは彼女も譲るつもりらしくなにも言ってこなかった。
そして、一番不安そうな顔をしているのが母親だ。
まぁ、気持はわかる。
「忘れものはない? パスポートは? ビザは?」
「大丈夫だよ、さっき確認したばかりでしょ」
本当に気にしているのは忘れもののことではない。
俺自身のこと。身の安全だ。
前回、アメリカに見送ったらあんな事件が起きちゃったからな。
誘拐未遂にも巻き込まれたし、心配するなというほうがムチャな話。
「大丈夫だゾ、イロハママ。イロハのことはワタシがしっかり面倒を見るシ、それニ……いざとなったら心強い
あんぐおーぐがちらりと視線をシークレットサービスのほうへと向ける。
これほど『安全』に説得力のある存在もいないだろう。
「そう、よね。それに母親が娘の可能性を奪ってるんじゃあ世話ないわ。あんたは自分の将来のために、アメリカへ勉強しに行くんだもんね」
「えっ!? あっ……あ~、もちろん!」
一瞬、反応が遅れて変なリアクションになってしまった。
あんぐおーぐが「オイ」と小声で突っ込んでくる。
「まさかオマエ、一番の目的はVTuberのイベントだってママサンに伝えてないのカ!?」
「バカおーぐ、言っちゃダメだからね!? そんな理由じゃあ許可出るわけないんだから!?」
「オマエは……、はぁ~」
あんぐおーぐは呆れたようにため息を吐いた。
そうこうしているうちに飛行機の搭乗時間となっていた。
「じゃあ、そろそろ行ってきます」「行ってくるゾ」
「行ってらっしゃいぃ~!」「いってらっしゃ~いっ」「ちゃんとご飯食べるのよ~!」
俺たちはそうして見送られた。
そして、アメリカへと渡ったのだった――。
* * *
飛行機で半日以上。
長い空の旅の果てに、アメリカの空港に到着する。
まぁ、2回目なので慣れたものだ。
俺たちはタクシーで移動することになる。
タクシーはスマートフォンの”UVER”アプリで、呼ぶのが一般的だ。
アメリカといえばイエローキャブ、みたいなイメージがあったのだがちがうらしい。
《って、あっれぇ!?》
だが、俺たちの場合はさらに例外だった。
タクシーに乗るのだと思っていたら、シークレットサービスの人たちが車で送ってくれた。
なんてVIP待遇……って、そうだった。
あんぐおーぐは本当に
《ここが、俺たちがこれから住むアパートか》
ダウンタウンからすこしだけ離れた位置に、その建物はあった。
俺はポカンと口を開けて、それを見上げていた。
《なんというか、いろいろとスゴすぎない?》
《まぁ、それなりにお値段のするアパートだからな》
まず俺たちが
なにごとかと思ったら、雇われの管理人らしい。
いや絶対、顔採用だろ。
間違いなく、仕事のメインは管理人じゃなくて広告塔……と思ったが、黙っておいた。
それから
クラブハウスにはジムとプールが併設されていた。
ほかにもBBQエリアがあったり……。
あの、ここって本当にアパートなんだよね?
《いったい家賃いくらするんだここ。そのお金があればグッズをいくつ買えることか!?》
《あはは。それなりにいい部屋だけど、そんな最高級ってわけじゃないぞ?》
《じゃあこれは、文化のちがい?》
管理人のお姉さんがほかにも、アパートのルールなどを教えてくれた。
荷物が届いたら、メッセージで知らされること。ゴミは部屋の外に置くだけで回収してくれること。
《あ~、わかった。なんていうか、アパートというかホテルみたいなんだ、これ》
《なるほど?》
あんぐおーぐは首を傾げていたが、彼女も大概、一般的な感覚からズレてるところあるからなぁ。
ただのカルチャーギャップと言い切れるかは微妙なところ。
ひと通りの説明を終えると、《これからよろしくね》と管理人のお姉さんは去って行った。
シークレットサービスもとなりの部屋に行ってしまった。
あんぐおーぐと部屋にふたりきりとなる。
俺たちは並んで、この広々としたアパートの部屋を眺めていた。
《ここが、わたしたちの新たな拠点》
《イロハ、これからよろしくな!》
《うん、よろしくね。……ただし!》
さっそく抱き着こうとしてきたあんぐおーぐを制止する。
まず、やらなければならないことがあった。
《わたしの貞操を守るためにも……同棲する上でのルールを決めます!》
あんぐおーぐが「エっ!?」と表情を固まらせた。
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