第163話『親しき仲にも礼儀あり』


《る、ルールぅ!? そんなことしなくてもワタシはなにもしないぞ!?》


《おうコラ、一晩泊まっただけで寝ている人の胸を揉んどいて、よくそんなことが言えるな》


《くっ、それは誘惑したイロハが悪いんだっ!》


《してないが!?》


《ううっ。ちょっとした友だち同士のスキンシップだったのに。あの夜からイロハが冷たい》


 あんぐおーぐがうなだれるが、自業自得だ。

 むしろ、もっと反省してもらわないと。


 まぁ仮に、そうでなくとも他人が共同生活を送るのだ。

 いろいろと決めごとは必要だろうが。


《まず、勝手にお互いの部屋には入らないようにしよう。寝込みを襲われちゃたまらないし》


《けど、こっそり一緒に寝るだけなら?》


《それならセーフ、なわけあるか!? おーぐだってひとりで同人誌を楽しんでいるときに、いきなりわたしが入って来たら困るでしょ?》


《うっ!? それはたしかに。って、同人誌は持ってきてないからな!?》


 それは俺も同じだ。

 日本とアメリカじゃ規制もちがうので、違法になってしまいかねない。


 いや、未成年だからもちろんR18なシロモノなんて持ってないけどね!?

 貸し倉庫にたんまり保管されていたり、あんぐおーぐから没収したものも鑑賞なんてしてないけどね!?


 ところで。俺は自分自身――”翻訳少女イロハ”のことは推しでもなんでもない。

 だから、そういうの・・・・・を読んだのははじめてだったのだが……。


 うん。なにがとはいわないが、不思議な気分だった。

 ちょっと感情移入……いや、なんでもない。


《よし決めた。絶対に部屋のカギをかけて寝よう》


《そんな~!?》


 幸い、日本の家屋とはちがってそれぞれの部屋にきちんとカギがついていた。

 この様子だと心配だし、かけ忘れないように意識しないと。


 ちなみにこの部屋には個室が2つあり、それぞれ俺とあんぐおーぐの部屋になる予定だ。

 あとはキッチンとリビングダイニング、バスルームくらい。


《あ、そうだ。お風呂を覗いたりも禁止だからね?》


《うっ、それはまぁ。ワタシもまだ人に裸を見せるのは恥ずかしいし》


 よかった、そこはまだアメリカ人らしい感性が残っていてくれた。

 最近の彼女は悪い意味で日本に被れすぎていたからな。


《あとは生活リズムとか。おーぐは完全な夜型でしょ? わたしは日中に学校行ってるけど、むしろおーぐは日中寝てるし》


《いつもそういうわけじゃないからな!?》


《おーぐだって打ち合わせとか収録もあるもんね》


《ほかにも、オマエの配信見たりとか。今までは時差があったけど……って、そうだ!? イロハ、配信時間どうするんだ? 日本時間に合わせるなら学校と被ったりするんじゃ》


《基本的には休日がメインで、そうじゃない日は登校前の朝方かな~》


《学校、遅刻するなよ?》


《まー、大丈夫でしょ。むしろ問題は、配信を見るほうで……》


《んっ?》


《あっ、いや。なんでもない》


 おっと危ない、危ない。

 このアメリカ留学にはじつはいくつかの目的がある。


 うっかり、そのひとつをあんぐおーぐに勘づかれてしまうところだった。

 俺は彼女がなにかを聞こうとする前に、話題を進めた。


《それより、生活リズムを合わせるならご飯も一緒に食べる?》


《もちろん! って、別々に食べるつもりだったのか!? そんな悲しいこと言うなよ!》


《あ~。じゃあ料理は交替……いや、おーぐにできるわけないし》


《失礼だな!? ワタシだってそのくらいの家事はできるから!》


 と、あんぐおーぐは主張しているが、俺は彼女の日本での食生活をよく知っている。

 だからこその、この評価だ。


《コンビニ飯を買ってくることを自炊とは言わない》


《うぐっ!? あ、あれはいろんな日本食を体験するためだし》


《まぁ、じゃあとりあえずは交替で準備することにしよっか。最悪、デリバリーでも冷凍食品でもシリアルでも、食べられるならなんでもいいから》


《オマエ、ちっとも信じてないだろ!?》


《あーうん、できるできる。電子レンジはそのうち届くし》


《オマエぇ~!? そういうイロハだって料理なんてできないクセに!》


《いや、普通にできるけど?》


《ふんっ。したことないやつは、なんだって言えるんだ!》


 あんぐおーぐには悪いが、俺だって簡単な料理くらいなら作れる。

 ちょっとズルみたいなものだが、前世で散々ひとり暮らししてきてるし。


 まぁ、お互いが料理できるかはすぐにわかることだ。

 振舞うのを、あるいは振舞われるのを楽しみにしておこうじゃないか。


《あと決めなきゃいけないのは、掃除と洗濯かな》


《……! イロハ、洗濯はワタシに任せていいぞ!》


《なんでそこだけやる気があるんだよ》


《し、下心なんてなにもないし!?》


《まぁ、やってくれるっていうなら任せるけど……》


 それに俺も、あまり年ごろの女の子の下着を触ったりは……あっ。

 気づいてしまい、俺はあんぐおーぐをジト~っとした目で見た。


《……わたしの下着に変なことしないでよ?》


《ししし、しないぞ!? そんなこと!? わ、ワタシはヘンタイじゃないし!? 匂いを嗅いだりなんて絶対にしないから安心していいぞ、イロハ!?》


《今、まったく安心じゃなくなったんだけど!? 洗濯も一応、交替でやろう。あと掃除も。まぁ、基本は自動掃除機に任せて、あとはときどきハウスクリーニングを呼ぶでもいいけど》


 俺もあんぐおーぐも忙しい身の上だ。

 炊事、掃除、洗濯など家事全般。他人任せにできるならなるべくそうしたほうがいい。


 あるいは機械任せ。

 この部屋にも食器洗い機が備え付けてあったりする。


 お金で時間を買えるなら、それに越したことはない。

 なにせ、それだけ推しに費やせる時間も増えるってことなんだから!


《基本的にはこんなもんかな。あと最後にひとつだけ》


《ん? なんでも言ってくれ》


 俺は日本人として、お願いしたいことがあった。

 それは……。


《――室内は土足禁止にしよう!》


 あんぐおーぐは「そんなことか」と笑った。

 そうして俺と彼女の共同生活がはじまったのであった――。

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