第158話『マグニチュード』

 太くて長いナスと、飛び出す液体あせの絵文字。

 って、ド下ネタじゃねーか!?


《まったく》


 ぶっちゃけ予想はついてしまったが、さらに藪をつついて蛇を出す必要もないだろう。

 あんぐおーぐも話題を変えにかかった。


《それより……そうだ、食事! 思い出した。じつは昨日、アネゴに誘われて、ふたりで一緒にご飯を食べに行ってきたんだ》


《ん? わたしも誘ってくれればよかったのに》


《お昼だったからな。イロハは学校に行ってたし》


《そういうことか》


>>おっ、イロハちゃんの嫉妬は珍しいな(米)

>>嫁がほかの女とふたりで飯行ったから、さすがにな(米)

>>のけ者になったかと思って、ちょっとシュンとしちゃうイロハちゃんハァハァ(米)


《今のやり取りの、どこにそんな要素があった!?》


《まぁ、ともかく。お店でいろいろと食べて来たぞ。それで思ったんだが、そういえば食事の仕方もアメリカと日本じゃ全然ちがうよな》


《「いただきます」とかって話?》


《じゃなくて、日本だとみんなでちがうものを頼んで、それらを”シェア”するのが普通だろ? アメリカだったらみんなが各々で食べたいものを注文して、分け合ったりはしないから》


>>え~、食べもの交換するとか気持ち悪くない?(米)

>>日本じゃ同じものを食べて感想を共有することで、親睦を深めるんだよ(米)

>>いろんな種類をちょっとずつ楽しめるだなんて、おトクだな(米)


《言われてみると、日本じゃ同じ皿や鍋から料理をつつくことも多いかも。おーぐはなにを食べてきたの?》


《それが、行ったお店に写真がなくって。名前だけじゃよくわからなかったから、アネゴがオススメしてくれた料理を。たとえばアレとか》


《アレ?》


《名前はたしかそう”シラコ”! はじめて食べたんだけど、結構おいしかったぞ!》


 あ~、白子か~。

 なかなか、ツウなものを食べてきたもんだ。


《トロっとしてて不思議な食感だった。でもわからないことがひとつあって》


《わたしでよければ答えようか?》


《あぁ。じゃあ質問なんだけど、白子アレの正体ってなんなんだ?》


《っんぐ! ごほっ、ごほっ!?》


 あまりにも答えづらい質問に、俺は思わずむせた。

 コメント欄でも「あっ」「さっきの絵文字は伏線か」などと流れていた。


《……?》


 俺のリアクションにあんぐおーぐが首を傾げている。

 本気で知らない様子だ。


 なんで今日はこんなにキワドイ話題ばかりなんだ!?

 やむを得ず、俺は言葉を選びつつ説明する。


《おーぐ、よく聞いて。あのね、白子っていうのはね。魚の……》


 やけに緊張感のある間が訪れた。

 画面の向こうに空気が伝わったかのように、コメントの流れも止まった。



《――た、タマゴの親戚・・なの!》



 じぃ〜っと、あんぐおーぐがこちらを見ていた。

 苦しい答えだったか?


 つーっと、俺の額を汗が流れ……。

 パっと彼女の表情が明るくなった。


《なるほどな〜! たしかに字も『白子』と『卵子』でそっくりだし!》


《で、でしょ~!?》


>>セーーーーフ!

>>イロハちゃんナイスプレー!(米)

>>これはうまい切り返しだった(米)


 止まっていたコメントが一気に流れ出す。

 ふ、ふぅ~、疲れた。なんとか捻り出したぞ。


《あとはウニも食べたぞ! ついでに、この正体も教えてくれ!》


《もうワザとだろ、お前ぇえええ!》


《!?!?!? ワタシ、なんか変なこと言ったか!?》


 俺は「ぜぇ、はぁ」と荒い息を吐く。

 もう付き合ってられるか! こんな質問!


《すまん、知らなくて。ただ、アネゴが「イロハに聞け」って言ってたから》


《あいつの仕業かぁあああ!》


 やけに話題が偏るなと思ったら、そういうことか!

 なんかもう、めちゃくちゃ納得したわ!?


 あー姉ぇはまた今度、きっちりと問い詰めておかないと。

 とりあえず食事の話題はマズい・・・


《おーぐ。ほかには、なにかなかったの?》


《ほかに? そういえば食事に行く途中でちょっとだけおもしろいことがあったな。もとは『WELCOME(ようこそ)』って看板だったと思うんだが、アルファベットがいくつか落っこちててな》


《それがどうかしたの?》


《いやな、それで看板に残った文字が……『WOE』になってたんだよ! ちなみに意味は”災い”な!》


《わたしへの当てつけかぁあああっ!?》


《えぇ~っ!?》


>>これはおーぐが悪いwww(米)

>>話題のチョイスとタイミングがヒドすぎる(米)

>>ところで、イロハは今日もおーぐの家に泊まるのかい?(米)


《もちろんだよな、イロハっ!》


《いや、帰るけど?》


《なっ、なんでぇっ!?》


《心当たりは?》


《さ、さすがにもう布団は届いてるから》


 俺が「心当たりあるじゃねーか」とツッコもうとした、そのときだった。

 まさに予想外の”災い”が起こった。



《――地震だ》



 地面が揺れていた。

 それは次第に大きくなり、室内の小物がカタカタと音を鳴らした。


《え、揺れて……キャァアアアアアア!?》


 あんぐおーぐの甲高い悲鳴が、部屋に響いた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る