第338話『婚約指輪はだれの手に?』


《《”いっただっきまーす!”》》


 イリェーナとの語学配信の翌日。

 俺とあんぐおーぐはふたり揃って、手を合わせていた。


 テーブルにはいつもより数段豪華な食事が並んでいる。

 そう、今日は特別な日……。


《まさか、イロハと感謝祭サンクスビギングを過ごすときがくるとはな~》


《日本にはないイベントだからねー。わたしは経験するのもはじめてだよ。ん~、おいしい! ”スタッフィング”だっけ? さすがにわたしも作りかたわからなくて買ってきただけだけど》


《これがなくちゃサンクスビギングははじまらない!》


 ローストターキーにいろんなものを文字通り詰めたスタッフィングしたものだ。

 クランベリーソースをつけて食べるように勧められたのだが、これがなかなか。


 あとはマッシュポテトにグレイビーソースをかけて食べたり。

 問題は量が多すぎることだけだな!


《こういうときマイやあー姉ぇがいてくれたらなー》


《あとはイリェーナも、だろ? ……フンっ》


《ん? どうしたのおーぐ? なんか機嫌悪い?》


《べつになんでもないぞ。せっかくふたりきりなのにイロハはほかの女のことばかり、なんて思ってないし》


《なんだ。じゃあいっか》


《~~~~!》


《えっ、ちょっ、なになに?》


 となりに並んで座っていたあんぐおーぐが、なぜか俺の肩に頭突きしてくる。

 そのままグリグリと顔をこすりつけてくる。まるで犬猫が所有権を主張マーキングするみたいに。


《昨日の配信、アーカイブ見たぞ。オマエ、ずいぶんとイリェーナと仲良くなったみたいだな》


《あーうん。まぁねー、そうかも》


《……オマエ、アイツと付き合うつもりなのか?》


《んぐっ!? ……ごほっ、げほっ!? ごくごく、ぷはーっ!?》


 予想外の話題を振られてのどを詰まらせかけた。

 慌てて水を飲んで、食べものを胃へと流し込んだ。


《あービックリした! いきなりなに聞くの!? そ、それはべつにおーぐには関係ないでしょ!》


《ムッスぅ~》


《お、おーぐ? なんで急に首元に抱き着いて……あ痛たたたぁっ!? 首絞まってるんだけどっ!?》


《これは女たらしへの罰だ。ぎゅぅ~~~~!》


《ぐぇえええっ!?》


 あんぐおーぐの腕をタップして「ギブアップ」を示す。

 しばらくして、彼女も満足したらしくようやく締めつけを緩めてくれる。


 なんで俺がこんな目に。なにも悪いことなんてしてないのに。

 俺はただ……と、考えたところで思い出す。


《そういえば、明日もなにかイベントがあるんだっけ?》


《ん? あぁ、いわゆる”ブラックフライデー”だな。感謝祭の翌日は年末・・に向けた大規模セールが開催されて……アメリカ人ならみんな、その日にプレゼントを買いに行くもんだ》


 なんでも、日本でいうクリスマスセールだそうだ。

 今日サンクスビギングとはちがって祝日ではないものの、実際には休日になることが多いとか。


 ちなみに、なぜ「ブラック」なのかというと黒字の黒らしい。

 うーん、資本主義。ただ、昔はもっと悪い意味だったそうで……それに比べれば、全然良いな。


《で、じつはその年末について、おーぐにひとつ確認しておかないといけないことがあって》


《なんだ改まって》


《おーぐはさ――クリスマスの予定ってもう決まってたりする?》


《!?!?!? イロハ、それって!?》


《ちょっ、変な勘違いしないで!? アメリカだとクリスマスって家族と過ごすものでしょ!? だから、さすがにその日くらいは実家ホワイトハウスに帰省するのかなって!?》


《び、ビックリした。でも、そうだな……さすがにクリスマスくらいは帰らないと、ワタシも怒られるし》


《そうだよねー》


《あ、でもクリスマスイブならおそらく、大丈夫だぞ》


《……そっかー。そっかぁ~》


 俺は深呼吸した。勇気を出すためには……ハードルを飛び越えるには、ときに助走も必要なのだ。

 それから俺は意を決して、あんぐおーぐに質問を投げかける。


《じゃあさ、おーぐのイブをわたしにくれない?》


《!?!?!? って、紛らわしい言いかたをするな! さすがにワタシも2度目は騙されないぞ!》



《――大切な話があるの》



 自分の首元に回されたあんぐおーぐの腕に手を添え、そう告げた。

 俺の声はきっと震えていたと思う。


 顔も真っ赤になっているだろう。

 彼女からは見えないアングルだったのは幸いだった。


《……マジ、で?》


《わたし言ったから! ちゃんと伝えたからね!?》


《お、おう》


 ようやく俺の中で決心がついたのだ。

 いったいどうするのか、だれに・・・応えるのか。


《……マジ、かぁ》


 あんぐおーぐは繰り返すようにそうつぶやくと、自分の席に戻って食事を再開する。

 ふたりとも無言だった。


 ただ、ときおりお互いの様子を伺うようにチラチラと盗み見ていた。

 彼女は……緊張と期待、それから不安がないまぜになったような表情をしていた。


 今年の終わりまであと1ヶ月とすこし。

 そして、それは”この物語”の終わりが近いこともまた示していた――。


   *  *  *


 翌日、ブラックフライデー。

 俺はひとり街を歩いていた。まぁ、ひとりといっても護衛はついているのだが。


《うわー、すごい数の人。やっぱりみんな目的は買いものなのかな?》


 まぁ、俺も同じなのであまり他人のことは言えないが。

 あんぐおーぐと別行動して買いに来たもの。それは……。


《絶対に、おーぐやみんなに伝書鳩しちゃダメですからね?》


《わかってるわかってる。アタシもそんな無粋なことしないって》


《……本当にですからね?》


 ニヤニヤと笑っているシークレットサービスの女性にそう釘を刺してから、俺は店内に足を踏み入れた。

 そこはジュエリーショップだった。俺はここへ……。



 ――”指輪”を買いに来たのだ。


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