第339話『最後のシ練』
『イロハちゃんに会いたいよぉ~。お姉ちゃんだけアメリカに行けてズルいぃ~!』
「あー、はいはい」
『うぅ~っ! イロハちゃん、なんとも思ってないでしょぉ~!? もっとマイのことを想ってぇ~!』
「そう言われてもなぁ」
俺は電話の向こうで騒ぐマイの愚痴を、苦笑しながら聞いていた。
まぁ実際、最後に会ってから……かれこれ3ヶ月くらい経っているわけで。
『イリェーナちゃんとはこの前、コラボしてたしぃ~! おーぐさんとは同棲してるしぃ~! どうしてマイだけなんにもないのぉ~!?』
「っていう割には、ウチの母親とはずいぶん仲良くなってたみたいだけど? それを利用して、勝手にわたしの部屋に入り浸ってるでしょ? なにしてるのかまでは知らないけど」
『うぐぅ~っ!? そそそ、それはそれこれはこれだよぉ~!』
「……本当に、なにかいかがわしいことしてないよね?」
『……し、してないよぉ~?』
「今、返答に間があったよね!? まさか、本当になにかしてたの!?」
『いいい今のは、そのぉ~! ちがうよぉ~! 今のは遠距離だから遅延が起きただけでぇ~!』
「衛星中継じゃあるまいし」
俺たちが今、使っているのはSNSの通話機能だ。
つまり、インターネット回線を利用している。
インターネットと聞くと、頭上を飛び交う電波で世界中と繋がっているイメージを抱く人も多いかも。
しかし、じつのところ世界中を繋げているのは海底ケーブルがメインだったりする。
「いや、けど最近は低軌道人工衛星を利用した衛星インターネットが構築されつつあるんだっけ」
すでにそのための小型衛星が3000機も地球の周囲を回っているとか。
一度に大量に打ち上げるもんだから、打ち上げの直後などタイミングによっては人工衛星が何十機と連なって飛ぶ光が見えるそうだ。その姿はまるで銀河鉄道のようで……。
それを使えばいずれは空の開けた場所ならどこでもネットに繋げられるようになる。
たとえばアンテナを設置すれば、アマゾンの奥地でだって配信活動ができるだろう。
『イロハちゃんぅ~、どうしてそんなこと知ってるのぉ~?』
なにせ、それが世界中を覆えば俺の”全人類VTuber化計画”の大きな躍進にも繋がるからな!
やはりネット環境がなければVTuberになるのは難しく、しかし回線を引くのが難しい地域は多いから。
……と、言いたいところなのだが。
今回については、自発的に調べたわけではない。
「じつは人から話を聞いたことがあって」
俺がそれを知っていたのはあんぐおーぐが話していたからだ。
なぜなら、その衛星インターネットは当時……戦争中、
いつだったか銃のときも話したが、結局はなにごとも使いかた次第なのだろう。
無人機の操縦に使われるAI技術だってそうだ。
戦争にも使える一方で、AITuberと呼ばれるAIにVTuber活動をさせることにだって使える。
まだまだ発展途上で、とんでもないコメントを拾ってライン越え発言をかましてBANを食らったりすることもあるが……不思議と愛嬌の感じる存在だ。
「やがて、また通信のありかたも変わっていくのかもね。世界の距離は日に日に短くなっているし、わたしとマイの……アメリカと日本の距離もいずれは一瞬になるのかも」
『イロハちゃん……!』
「で、そのうち完成したら時事問題にでもなりそうだよね!」
『イロハちゃんぅ~っ!? お願いだから、電話中くらいは勉強のことを思い出させないでぇ~!?』
「ごめんごめん」
なかなか、受験勉強に苦労しているようだな。
けれど、ここでうめき声が出るようならがんばっている証拠だな。
『でもやっぱりぃ~、ネットも大事だけどやっぱりマイはイロハちゃんに直接会いたいよぉ~』
「そうだよね。わたしもだよ」
『まぁ~、イロハちゃんはそういうの気にしない……って、えぇ~っ!? いいい、イロハちゃんぅ~!? 今、なんてぇ~!?』
「……わたしもひさしぶりに、マイに会いたいなって」
『~~~~っ!?』
電話の向こうから、声にならない声が聞こえてくる。
なんだか俺も最近、無性にマイのことが恋しい。今だったら多少のことは許して……げふんげふん。
そうではなく、彼女に会わないといけない理由があるのだ。
俺は恥ずかしさを誤魔化すように「ごほん」と咳払いし、彼女に言う。
「ねぇ、マイ。わたし年末は日本で過ごそうと思ってるの」
『うれしいけどぉ~、おーぐさんはいいのぉ~?』
「おーぐもクリスマスに合わせて実家に帰るってさ」
こっちのクリスマスは、家族と過ごす日……日本でいうところのお正月みたいな立ち位置だ
まぁ最近じゃ宗教に配慮して「クリスマス」じゃなくて「ハッピーホリデー」と呼ぶことも多いが。
「それで、わたしも25日から1月1日くらいまでは帰省しようかなーって」
『そ、そうなのぉ~!? やったぁあああ~! イロハちゃんと一緒に過ごせるぅ~!』
「あはは。で、マイの予定を確認しておかなくちゃなーって」
『イロハちゃんのためならいくらでも予定空けるよぉ~! クリスマスもみんなで一緒にお祝いしてぇ~……』
「いや、そうじゃなくて」
『ほぇ~?』
「クリスマス――ふたりきりで過ごす時間がほしいな、って」
『……ほぇえええぇ~~~~!? そそそ、それってイロハちゃんどういう意味でぇ~!?』
「わかるでしょ? 恥ずかしいから言わせんな、バカ」
『~~~~っ!』
「それで時間作れるの? 作れないの? どっち?」
『あっ、へぁっ、あうあうあうぅ~! ももも、もちろん大丈夫だけどぉ~、へぇぁえぅ~!?』
「約束、したからね? 忘れてたら怒るから。じゃあね、ばいばい」
『イロハちゃんぅ~!? も、もうちょっと説明――』
俺は恥ずかしさから逃げるようにブチっと電話を切った。
……これで全員、だ。
クリスマスイブにあんぐおーぐとの約束を、クリスマスにはマイとの約束。
帰省中にイリェーナとオフコラボ、そしてあー姉ぇとの大切な用事……。
「……よし」
改めて、年末に向けて気合を入れた、そのときだった。
スマートフォンが着信を受けて震えた。
「ん? だれからだろう?」
そのときはまだ、思いもしていなかった。
まさかその1件の電話が――俺の運命を大きく左右することになるだなんて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます