第340話『親善大使のおしごと!』


 突然の着信。

 応答ボタンを押して聞こえてきた声は……。


『おひさしぶりですね、イロハさん。いつも娘がお世話になっています』


《え、えぇえええ!? おーぐママ……じゃなくて大統領閣下マダム・プレジデント!?》


 電話の相手はまさかの、この国の……あるいはこの世界のトップだった。

 驚きと緊張でどもりながら問う。


《ど、どうされたんですかいったい!? というかいいんですか!? こんな風に直接、電話なんて!》


 そんな気軽に一市民と連絡を取りあえる立場ではないはずだ。

 実際、彼女が大統領になってからは、こうして言葉を交すのもはじめてだった。


『あぁ、気にせずとも問題はありませんよ。今回はあくまでお仕事の連絡ですから』


《お仕事、ですか?》


 なんだかイヤな予感がする。

 ただの依頼なら、わざわざ大統領本人が連絡せずともほかの者に任せれば十分のはず。


《ええっと、具体的にはなにを?》


『イロハさんには近々、とある国まで来ていただきます』


 依頼のように見せかけて、そのじつはただの通告だった。

 というか、えっと……それってどこだ?


 国名を聞いた俺は首を傾げながら、検索欄に打ち込んで場所を調べる。

 言ってしまえばそれだけ馴染みのない中小国だった。


《こ、これってかなり遠いですよね!? あのー、このお話って断ったりとか》


 ただでさえレッスンや収録のスケジュールが詰まり気味だ。

 できれば遠慮したいところなのだが……。


『そう、では仕方ありませんね』


 意外とあっさり引き下がってくれる。

 ちょっと肩透かしを食らいつつも「それじゃあ」と電話を切ろうとして……。


『ところでイロハさん、あなたずいぶんとコレクションが増えたそうですね』


《~~~~! げほっ、ごほっ!? あっ、いや!? それは!?》


『ですが……残念ですね。仕方ありません』


《ひぃいいい~っ!?》


 「仕方ない」の意味が180度変わっていた。

 俺は慌てて、電話を切ろうとするあんぐおーぐの母親を引き留める。


《すいませんすいません! やります! やりますからー!?》


『あら、イヤなら断ってくださっても構わないのですよ?』


《い、いえ! ぜひやらせてください! やりたいです!》


『よろしい』


 怖っ!? 相変らず、あんぐおーぐの母親は怖すぎる!?

 俺が前世のコレクションを回収できたのは、彼女が裏から手を回してくれたおかげだ。


 今、その話題を出すとか、そんなの脅し以外のなにものでもねーじゃねーか!?

 断りたくても断れるかー!?


『それに今回の件は私だけでなく、あなたにとっても大切なことですから。――親善大使として、ね』


《うぅ……》


 親善大使の活動の一環で、現地に赴かなければならないこともあることは事前に聞いていた。

 しかし、よりによってこのタイミングとは。


《それで、その国へはいつごろ行けばいいんですか?》


『12月の中旬から末のどこかになります』


《えっ》


『心配せずとも問題ありません。イブには間に合うように帰しますから』


《ほっ……》


『私も娘に嫌われたくはありませんからね』


《んぐっ!? あっ、いや!? そういう意味じゃなくって!?》


『ちがうのですか?』


《……ち、ちがわないです》


 なんでまた全部、知られてるんだ!?

 って、そんなのシークレットサービスに決まってる!


 指輪を買いに行ったとき、あんぐおーぐたちへの口止めは頼んだが、それ以外への口止めは忘れていた。

 いや、彼女らも仕事だし報告させないなんてことはどのみちムリだったか。


《けれど、せめてもうすこし早く言ってほしかったです。経路も調べないと。何日かかるかわからないし、スケジュールも調節しないと》


『その必要はありません。場合にもよりますが、おそらく日帰りになりますから』


《え?》


 いやいや。主要ではない国ほど空港の数が少ない。直通便も減って乗り継ぎが多くなる。

 だから、そんな気軽に行けるわけじゃ……。


『ウチの政府専用機プライベートジェットを出しますので』


《あっ、はい》


 そうなるのかー。なんというか価値観というか、規模感が俺とはちがいすぎて……。

 いや、大統領だもんなぁ。そりゃそうか。


 しかし、なんというか……完全に逃げ道を塞がれてしまったな。

 こうなったらやるしかない。まぁじつのところ、もとから断るつもりもなかったのだが。


『詳しい内容は追って連絡します。当日はウチの者の案内に従ってください。現地で会いましょう』


《閣下もいらっしゃるのですね。わかりました》


『えぇ。ですから、娘との関係や今後についてはそのときにじっくりとお話ししましょう。それでは』


《〇×※▲□~~~~☆!?》


 俺は言葉にならない悲鳴を上げた。

 通話が切れたあと、俺はしばらく放心していた。


 もしかして……いや、もしかしなくても今回のお仕事って最後のが本題なんじゃ。

 わざわざ電話してきたのも、それが目的じゃ……?


《ふぃ~、ただいま~! 今、収録から帰ってきたぞーって、どうしたんだイロハ!?》


《お、お~ぐぅ~!》


《お、おう!? おーよしよし、なんかわからないが怖い思いでもしたのか?》


 俺はコクコクと全力で頷き、そしてことのあらましをあんぐおーぐへ告げ口してやった。

 彼女はムッスーと頬を膨らませて怒ってくれる。


《またママはイロハの都合も考えずに! それにイロハと一緒にいられる時間も減るし……》


 まったく。年末は本当にドタバタしそうだ。

 そうなると今年、自由に動けるのはせいぜい……。


《あと1週間くらいか》


 もし、やり残したことがあったらこれが本当に最後のチャンス。

 なんとなく、そんな感覚があった――。

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