第341話『おしゃぶりの似合う彼女』


《おーぐー、事務所からクリスマスカードが届いてるよー》


《おー。そこに置いといてくれー》


 12月に入り、いよいよ本格的にクリスマス前といった雰囲気。

 それに伴って、ちらほら日本とのちがいが見え隠れするようになっていた。


《こっちだとクリスマスカードを送る文化なんてのがあるんだねー》


 届いたカードを見せてもらいながら言う。

 ますます日本のお正月っぽさを感じてしまうな。年賀状みたいだ。


《これでよし、と。イロハー、設置できたぞー》


《へぇ~、これがアドベントカレンダーか》


 1~24までの数字が書かれた小さな引き出しのついた、ボックスだ。

 毎日、その日の引き出しを開け……中に入っている小物やお菓子なんかを受け取っていくらしい。


 それが、全部でふたつ。

 アドベントカレンダーにはプレゼントまでセットになった市販品もあるのだが、今回買ってきたのは箱だけのタイプで……。


《こっちがイロハので、こっちがワタシのだ。一応確認しておくがオマエ、忘れずサンクスビギングデーにプレゼントを買ってきただろうな?》


《いやいや、車を降りるまでは一緒だったでしょーが。途中からはネタバレにならないよう別行動したけど》


《オマエはVTuber以外のこととなると、頭からすっぽ抜けるところがあるからな》


《むぅ~、おーぐたちのことなら忘れないもん》


《……っ!》


 俺はあんぐおーぐの物言いに、ほっぺたを膨らませて抗議した。

 たしかにこれまで、そういうところがあったのは否定しない。


 でも、最近は俺だってみんなのことをきちんと考えている。

 だから、そんな評価はまったくもって心外……。


《イロハ、スマン。ワタシが悪かっ――》


《あっ!?》


《……「あっ」?》


《い、いや!? えーっと、その!?》


《……まさかオマエ、本当に買い忘れたんじゃ》


《や、ヤダなーあはは! そんなわけないでしょ!? うん、本当になんでもないから!》


 まさか、指輪を選ぶのに時間を取られてほかのプレゼントを買い忘れていたなんて。

 そんなミス、この俺がするはずがない……ないと言ってくれ!


《まぁ、大丈夫ならいいんだが。それじゃあお互いのプレゼントを詰めるぞ。絶対にこっち見るなよ》


《わわわ、わかってるって! おーぐも覗いちゃダメだからね!? 絶対だからね!?》


《お、おう……?》


 俺はあんぐおーぐを横目に決心した。

 仕方ない、ここはなんとか手元にあるもので済ませるしかない。


 お互いにプレゼントを自室から持ち出し、アドベントカレンダーに詰めていく。

 その上で俺は最後の引き出しにだけは、なにも入れなかった。


 というのも、じつはまだそこに収まるべき一番大事な贈りものが用意できていないのだ。

 にしても……いやぁ、知らなかったな~。まさか……。


 ――指輪が、当日お持ち帰りできないなんて!


 考えて見れば当たり前の話で、サイズの調節などで時間がかかるそうだ。

 ほかにも刻印を入れたり、ましてやオーダーメイドならなおさら。


 金にものをいわせたおかげで、なんとか当日には間に合いそうだが……。

 うぅっ、想定外の手痛い出費だ。


 それに、のちほどこっそり”最後のプレゼント”もアドベントカレンダーに入れておかないと。

 ん? 待てよ? ということは俺ってプレゼントをなにひとつ準備できてな……いや、考えるのはよそう。


《おい、イロハー。まだ詰め終わらないのかー?》


《ご、ごめん! わたしももう大丈夫!》


《じゃあ、さっそく1日目のプレゼントを開けあいっこするか!》


《そうだねー》


《《せーのっ!》》


   *  *  *


《ちょっと、おーぐ》《おい、イロハ》


 数日後、俺たちはお互いのアドベントカレンダーから出てきたプレゼントを並べて向き合っていた。

 そして、息を大きく吸い込み……。


《《お前(オマエ)、なに考えてるんだーっ!?》》


 そう同時に叫んだ。

 あんぐおーぐが俺からのプレゼントを指差しながら言う。


《オマエ、これ……全部、自分のグッズじゃねーか!? 部屋にあったのをテキトーに詰めやがったな!? やっぱりプレゼント買い忘れてただろ!》


《うぐっ!?》


 俺があの場でとっさに思いついた、というか目についたのが”翻訳少女イロハ”グッズだったのは事実。

 新しいグッズのサンプルが箱で届いていたから、それを詰めたのだが……。


《くっ、なぜこんなに早くバレた!?》


《そりゃバレるわっ! しかもオマエこれ、1番くじだろ!? ここまでずっと缶バッジ・缶バッジ・缶バッジ……オマエ、このあとはアクキー・アクキー・アクキーとか続くんじゃないだろうな!?》


《うっ!? そそそ、そんなことないし!?》


 アクリルキーホルダーじゃなくて、ラバーストラップだから!

 それにH賞やG賞はアドベントカレンダー入ったが、それ以外は入らなかったからべつのにしてるし!


《あとせめて緩急をつけてくれ!? 順番じゃなくて、実際のくじみたいにバラバラに出すとか!》


《なるほど? って、そうじゃなくて! イヤなら返し……あの、手を離してほしいんだけど?》


《待て。いらないとは言ってない》


《やっぱりうれしいんでしょ!? プレゼント、これで正解じゃん!》


《うれしいはうれしいけど、普段からオマエ全部タダでくれてるだろ!? というか、そんなことするならワタシもオマエに”あんぐおーぐ”グッズのサンプルあげるのをやめるぞ!?》


《それはダメぇーーーー!?》


 じつは今までそうやって、お互いのグッズで需要と供給の循環が発生していた。

 たしかに、そういう意味では俺の渡したものはゼロに等しい。だが……。


《おーぐみたいに、こんないらないものを押しつけるよりはマシでしょー!?》


《いらなくないだろ! おもしろい・・・・・し、それに……イロハにすっごく似合ってるぞ!》


 アドベントカレンダーに入っていたあんぐおーぐからのプレゼントは――”おしゃぶり”だった。

 だいたい、この歳になってそんなの吸ってる人なんて……まぁ、VTuberにたくさんいるけど!


《わたしは赤んぼうじゃなーーーーいっ!?》


 それとこれとは話がべつ。

 俺は心底からそう叫んで、否定した――。

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