第337話『努力は勇気の礎』

<ちょっと待ってくださいイロハサマ。「外国語を上達させたければ、その国の人と付き合え」って……それ、まさしくワタシのことじゃないですか!>


<いやいや、わたしたちまだ恋人じゃないでしょ!?>


<”まだ”!?>


<あっ、いや!? 今のは言葉のアヤで!>


 あーもう、次々と失言が!?

 そしてイリェーナもコメント欄のみんなも、そんな言葉にかぎって聞き逃さない。


>>おい! これやっぱり脈あるのでは???(宇)

>>くっ、この気持ちはいったい!? オレはイリーシャとイロハちゃんのどっちに嫉妬してるんだ!?(宇)

>>でも推しが幸せならOKです!


<勝手にOKすんなーっ!?>


>>けれど実際問題、彼女ウンヌンはともかく外国人と話すのって勇気いるよなぁ

>>↑わかる。オレも道に迷ってるっぽい観光客に声かけたり、かけられたりすると超緊張する

>>ちゃんと伝えられる自信ないし、さっき言ってた文化のちがいもあるし、失礼になってないか不安になる


<ミナサンの気持ち、すっごくわかります。ワタシも同じことで悩んでいる時期がありましたから>


<そうだったの?>


<はい! もちろんですよ!>


 それは正直、意外だ。

 最初っから俺にトンデモ発言をかましてきたし、むしろ物怖じなんてしない印象だったから。


<伝えたい言葉がある。けれど、この言葉が正しいかわからない。もし変なことを言ってしまったらどうしよう? 真逆の意味で伝わってしまったらどうしよう? そんな不安は常に付きまとっていました>


 イリェーナはそう当時の感情を吐露する。

 彼女がどんな思いで日本語を学んでいたのか、そんなの俺は想像したこともなかった。


<辞書や翻訳機を使ってもそんな思いはぬぐい切れませんでした。あるいはそれは……大好きな相手だから、大切な相手だからこそ余計にだったかもしれません>


 考えてみれば、告白なんて言葉が通じる相手ですら緊張するものだ。

 イリーシャはそれでも俺に……。


<言おうとしたけれど、口にできなかった言葉がたくさんあります。入力したけれど、送信できなかったメッセージがたくさんあります。そして、そんなときこそワタシは心の底から思いました>



<――もっと、日本語がうまくなりたい! と>



 イリェーナの声には強い力が籠もっていた。

 彼女の”想い”が言葉を介して伝わってくる。


<もっと話せるようになりたい。もっと仲良くなりたい。そんな感情が原動力になって、一生懸命に勉強して……そして、その努力を勇気の礎にして、ワタシは立ち向かっていきました>


>>……いろいろ納得したわ。そりゃイリーシャの日本語がうまくなるわけだ(宇)

>>「恋人を作ると外国語がうまくなる」って、話す頻度だけじゃなくてそういう意味もあったんだな(宇)

>>話聞いてると、オレももっと勉強がんばりたくなった(宇)


 イリェーナが俺に告白してきたとき、どんな思いだったのか。

 それを今さらになってから知る。


<……>


 俺はイリーシャのあまりにもまっすぐな思いに、言葉を詰まらせていた。

 今まで誤魔化してきてしまった。俺もよくわかっていなかったのだ。けれど今は……。


 俺は決心する。

 次に彼女と直接会うときその思いにはっきりと答えよう、と。


 応えたい、と思った。

 そして、そんな日はきっとそう遠くない。


<イロハサマ、どうかされましたか? 黙りこくってしまって>


<わたしにも……その、なんというかようやく、イリェーナちゃんの気持ちが伝わったというか>


<……っ! イロハサマ!>


<つまり、こういうことだよね? ――”海外勢の推しにはじめてコメントするときって、すごく勇気がいる”みたいな! わたし、すっごくわかるなーって!>


<イロハサマ、なにもわかってません!?>


>>ダメだコイツw 早くなんとかしないとwww(宇)

>>まぁ、コメントしづらい気持ちもわからんではないがwww

>>最初の1回目を乗り越えたら、あとは気軽にできるんだけどね


<実際はコメントされたほうは多少ぎこちなくたって、精一杯紡いでくれた言葉をもらってうれしくないわけないんだけどね。あっ、そのあたりも告白と似てるかも!>


<お、同じですか……>


>>イリーシャが若干ショック受けてて草(宇)

>>イロハちゃんにとって一番近い感情がそれだったんだろうなぁ(宇)

>>多分、イロハちゃんにとっては最大の評価なんだろうけど、例えが悪すぎるwww(宇)


>>良いこと言ってるんだけど、さっきの流れのせいでワロてまう(宇)

>>まぁ、オレの推しはどの言語もわかるせいで、外国語でコメントする意味ほぼないんだけどな!

>>イロハちゃんの場合、むしろイロハちゃんにわからない言語でコメントするほうが難しいw(宇)


<な、なんかみんな反応おかしくない? まぁでも、一緒に外国語を勉強をしていこう! そして勇気を出してコメントをしてあげてね!>


>>おかしいのはお前だ!!!!(宇)

>>初コメです。今まで勇気出なくてROMってたけど、いつも配信見てます。大ファンです!

>>初コメ、初コメ、初コメ、初コメ、初コメ、初コメ、初コメ、初コメ……今、何コメ?


>>↑”8個目”!

>>大喜利はじまってるし、さっきまでの感動の流れはどこへ……?

>>初コメです。イロハちゃん英語だけじゃなくて、日本語のコメントも読めるのすごいですね(宇)


<いやいや!? わたし、日本語は母語ネイティブなんだけど!?>


>>イロハちゃんは日本語上手www(宇)

>>イロハちゃんはUK勢だからね!(宇)

>>↑そして、ENその他もろもろ勢でもある(米)


 そんなこんなで、イリェーナとの語学配信は締めに入る。

 彼女の話は俺にとっても「言われてみれば」と一周まわって新しい発見や”気づき”が多かった。


 やはり、内側にいると……日本語で育っているとどうしても、その特殊性を自覚しづらい。当たり前に思ってしまっている部分があった。

 けれど、この配信のおかげですこしだけ、日本語を客観視できるようになった気がする。


<それじゃあイロハサマ、近々また。そのときはオフコラボで>


<……うん>


<ご視聴ありがとうございましたー! ”プヴァーイ”>


<”おつかれーたー、ありげーたー”>


>>またねー!(宇)

>>おつかれーた~!

>>イリーシャ、応援してる!

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