第336話『言語学界のイレギュラー』

 お、おかしい。なぜこうなった。

 俺はただ聞き流し系の英語教材の効果について話していただけなのに。


>>これ、マジで現代の言語学の定説が覆るのでは?(宇)

>>イロハちゃん、クラッシェンの”インプット仮説”の生き証人になれそう(宇)

>>↑なんぞそれ?(宇)


<えーっと、膨大なインプットがあればアウトプットがなくても言語を習得できるんじゃないか? っていう仮説だね。まぁ、現代じゃほとんど否定されてるけど>


>>否定されて”いた”の間違いでは?(宇)

>>これまではスウェインの”アウトプット仮説”が主流だったもんな(宇)

>>あとはロングの”インタラクション仮説”とか(宇)


>>そうそう。相互作用インタラクション、つまり対人での会話が必要ってほうが主流やったよね(宇)

>>もしかして、仮説が仮説じゃなくなる瞬間が見られる?(宇)

>>これが歴史の動くとき、ってやつかぁ~(宇)


<う、うぅっ!? 話がますます大きく!?>


<さすがです、イロハサマ!>


<お願いだからやめてーっ!? ほら、わたしなんて例外みたいなもんだし!?>


>>その例外を探すのが証明なんやで(宇)

>>例外だってひとつの例やからな(宇)

>>さぁ、イロハちゃんに大きな拍手を!

>>↑それは一礼


>>そのうち言語学の論文の中にイロハちゃんの名前とか出てきそうやな(宇)

>>↑もうとっくにたくさんの論文で載ってるぞ(宇)

>>↑マジ???(宇)


<ま、まぁ……うん。わたしがというより当時のできごとが、って感じだけれど>


>>考えてみりゃ、リンガフランカは言語学者にとっちゃ垂涎のテーマやろうからなぁ(宇)

>>↑アレがリンガフランカだったかどうかは、まだ結論が出てなかったはず(宇)

>>イロハちゃんもそれについてはノーコメントを貫いてるからなぁ(宇)


<そのあたり、どうなのですかイロハサマ>


<ど、どうだろうねー?>


 そんなこと言われても今の俺には答えられない。

 俺はイリェーナの質問をはぐらかした。


 それとじつは、言語学以外の論文でも”翻訳少女イロハ”の名前はちょくちょく見るらしい。

 VTuberや配信者、インターネット関連……それから戦争や群集心理など。ちょっと実験動物になった気分。


>>けど、そのうち研究者側とか協力者側でイロハちゃんの名前載った論文とか出そうだよな(宇)

>>↑ありうるwww(宇)

>>実際に今、どっかの研究機関に協力してるんじゃなかったっけ?


<まぁ、そうだけど>


>>マジか、イロハちゃんやっぱりすげぇな(宇)

>>いつか全人類がイロハちゃんみたいに、簡単に外国語を覚えられる時代がくるのかな?(宇)

>>あるいは全人類が共通言語を話す時代が(宇)


>>とはいえ現状は、イロハちゃんは参考にせず自分で勉強するしかないなw(宇)

>>俺たちはコツコツと経験を積み上げるしかない(宇)

>>経験なぁ。娘の通ってる学校が全授業英語なんやけど、すでにオレよりうまく話しててビビったわ


<いわゆる”イマージョン教育”ってやつだね。文字通り英語漬け……浸すイマージョンする教育方法>


 実際、韓国トップクラスの大学でもすべての授業を英語で行っているところがある。

 そして「日本でも同様にすべきでは?」という案も上がっていたりする。


<なるほど。それなら聞くだけじゃなく、話して・読んで・書いてが必然的に要求されるわけですね。ある意味ワタシも日本語のイマージョン教育を受けたようなものかも?>


<あはは。たしかに、そういう考えかたもできるかもね>


 たとえば、最初は英語が一切わからなくても、どうやら人と会ったとき「ハーイ」と言うらしいぞ? と、状況とそれに対応する言葉の経験を蓄積させていく。

 これがもっとも効率的な外国語の学習方法だ、という人もいるくらいで。


<あと学年に合わせて言葉を変えることもできるから>


<ワタシもはじめのうちは、クラスメイトに難しい言葉を簡単な言葉に言い換えてもらったり、教えてもらう必要があったので、それは助かりますね>


 だれだって子どもに専門用語や慣用句を連発したりはしないだろう。

 わかりやすい言葉を使って説明するはずだ。


 低レベルでいきなり魔王に挑むのではなく、スライムから順番に適正レベルの敵を倒していける。

 もちろん、いきなり高難易度ダンジョンへ挑み、トライアンドエラーでクリアを目指すのも手だが。


<相手によって言葉を使い分けるのは大切だから。たまに「人によって態度を変えるな」っていう人もいるけれど、それこそ状況に合わせないと>


 たとえば、子どもに話しかけるときは「ぼく・・、どうしたの?」と相手の視点でものを言ったり。

 夫のことを子どもの視点から見た「パパ」と呼んだり。


 このあたりもおもしろい話が多いのだが……。

 今日はもういっぱい言語学の話をしたので、ここらで割愛。


>>でも、人によって用意できる勉強環境なんて差が出るよなぁ

>>いきなり今すぐ、オレたちがイマージョン教育を受けようと思っても難しいよね

>>せいぜいが英会話教室に通うくらい?


<うーん。手っ取り早いのは外国人の彼女を作ることなんだけどね。「外国語を上達させたければ、その国の人と付き合え」っていう言葉があるくらいだし>


>>は??? そっちのほうがハードル高いが!?!?!?

>>言葉が通じる相手とすら付き合えないのに、なんて残酷なことを言うんだ!?

>>イロハちゃんの鬼! 悪魔! 天使!


<ご、ごめん!? わたしも言いすぎた!?>


 コメント欄が急転直下の阿鼻叫喚で非難轟々だった。

 ヲタクにとってそれは非常にデリケートな話題だからな!

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