第124話『神さまの正体』

「イロハちゃんが目を覚ましてうれしいのはわかりますが、ここは病院ですからね? ほかの患者さんもいますし、今は大事なお話の最中ですから。もうすこしお静かにお願いします」


「「「「「は、はい」」」」」


 怖い笑顔で言われて、俺たちはシュンとした。

 それから医者はこほんとひとつ咳払いする。


 いよいよ本題だ。

 俺も医者にまっすぐ見られ、反射的に姿勢を正した。


「それで、現在のイロハさんの病状だけど――”ない”んだ」


「え!? ……って、おい。お前らなんで今、わたしの胸を見た!?」


「まぁまぁ、イロハちゃんぅ~。今はお医者さんが話してるからぁ~」


 睨むと、あんぐおーぐとあー姉ぇが視線を逸らしていた。

 俺はマイになだめられて医者に向き直る。


「あの、それで。”ない”ってなにがですか?」


「これを見てくれるかい? さっき撮らせてもらった頭の写真なんだけれど」


 そう言って、脳を撮ったらしいモノクロ写真を見せられる。

 いつだったかも撮られたけど、いまだに見方がわからないんだよなーこれ。


「えーっと? それで?」


「そうだよね、ボクも困惑してる」


 いや、俺が困惑してるのはべつの理由なんだけど。

 と思っていたら、モノクロ写真がもう1枚並べられた。


「こっちが以前に撮らせてもらったものなんだけれど、本当に驚きだよね。だって、イロハちゃんの脳にあった異常が――ひとつ残らずなくなって・・・・・いるんだから」


「えっ、えぇええええええっ!?」


 俺は食い入るように画像を見比べた。

 よくわからないけど、そう言われるとたしかに。


「最初、倒れて運ばれてきて、しかも薬も飲んでいなかったって聞いたから、てっきり悪化したんだとばかり思っていたんだけど。まったく不思議でならないよ」


「あの、それじゃあ、わたし治ったってことですか!?」


「その可能性が高いね」


「もう、薬を飲まなくてもいいってことですか!?」


「ひとまずは」


「じゃあじゃあ――ピルも処方できて、毎月の苦しみから逃れられるってことですかぁあああ!?」


「まぁ、痛みを軽くするくらいなら」


「っしゃぁああああああ!」


「「「「そこぉっ!?」」」」


 マイ、あー姉ぇ、あんぐおーぐ、母親から総ツッコミを受けてしまう。

 わかってる、冗談だ。


 けど、そっか。

 じゃあ俺、もう2度と能力の暴走に怯えなくていいのか。


「はぁ~~~~、よかった」


 ヘナヘナと身体から力が抜けた。

 しかしすぐ、疑問が頭に浮かんだ。


「でも、いったいどうして?」


「イロハちゃんがまだ若くて再生力が高かったから? それとも……。ごめんね、はっきりしたことはなにも言えないんだ。まるで最初からそうだったみたいに健康な脳で、正直ボクも化かされたような気分だよ」


 化かされた、か。

 案外、本当にそうなのかもしれない。


「先生は、神さまとかって信じてますか?」


「いきなりだね。けれど……うん、ボクはいると思っている。この業界で働いていると、ときどき『本当に神さまが見ているんじゃないか?』と思うようなことが起きる」


 医者は「今みたいにね」とおどけるように言った。

 しかしすぐ、複雑そうな表情に変わる。


「それと同じくらい『この世に神さまなんていない』と思うことも起こるけれどね。そして、そんな人たちのためにボクたち医者がいると思ってる」


「そう、ですか」


 そういう意味ではきっと俺は”選ばれた”のだろう。

 この世界の救世主として。未来を変えるキーマンとして。


 そして、今はもうその役割は終えた。

 ゆえに解放された、ということなのだろう。


「もしかして、わたしのことも神さまが手助けしてくれたのかな?」


 あのときの俺は全能感に包まれていた。

 それこそ、本当に全知全能だったのかもしれない。


 なにせ、ありとあらゆる言語が解読できていたのだから。


 すべての人の、鳥の、魚の、虫の声が聞こえていた。

 風のささやきも、日の光の訴えも、大地のうめきも理解できていた。


 過去も、現在も、未来だって読むことができていた。ずっと前世の記憶も思い出せていた。

 世界の真理について語ることすら可能だったと思う。


 けれど今となっては、そららの感覚はあやふやだ。

 本当に”あの声”を聞いたのすら記憶があやしくなってきている。


 あれは本当に神さまだったのだろうか?

 はたまた、集合的無意識のようなものと会話してしまったのだろうか?

 あるいは、地球や宇宙そのものが語りかけてきたのだろうか?

 いわゆる、アカシックレコードにでも接続してしまったのだろうか?


 ――今はもう答えは聞こえない。


 けれど、ちっとも惜しいとは思わなかった。

 つか、むしろラッキー!


 いや、マジで危なかった!

 だって、もし今もそんな状態が続いてたら……ネタバレのオンパレードなんだぞ!?


 企画とかイベントとか発表とか、全部わかってしまう!

 そんなのは死んだってお断りだ!


 そういうおもらし・・・・はガチでダメなやつだからな。

 ファンは対等であるべき、という俺の矜持からも外れてしまうし。


 そしてなにより――”ライブ感”がなくなる!

 つまりこの状況は俺にとって結果オーライ、なのだが。


「だとしても、なんでわたしは助けられたんだろう?」


「え?」


 首を傾げたのはマイだった。

 あるいは、あのとき一番近くで俺を見ていたマイだからこそ、わかったのかもしれない。


「神さまは願いを叶えるものでしょぉ~? それならイロハちゃんの願いを叶えたに決まってるよぉ~」


「わたしの、願い?」


 あぁ、そうか。

 あのとき俺が願ったのは――。


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