第184話『声なきSOS』
《こんにちはー》
コンビニの入口から声がして振り向く。
「やっと店員が戻って来たのか!」と思ったが、ちがった。
その女の人も、俺が入店したときと同様に首を傾げていた。
どうやら彼女もお客さんのようだ。
《ハーイ、お嬢ちゃん》
《えっと、どうも》
俺がジッと見ていたこともあって、パチッと目が合ってしまう。
軽く会釈しながらあいさつする。
《あなたひとりだけ? 店員さんは?》
《あ~、う~ん。なんかサボってる? のかも》
《えぇっ!? じゃあもしかして、ずっと待ってたの!? 許せないわ、こんな小さな女の子を! ちょっと店員、さっさと出てきなさーい!》
女性客が俺の代わりとばかりに、大声で叫びはじめる。
むしろ、それで慌てたのは俺だ。
《なにもそこまで》
だって、「待っていた」といってもほんの数分のことだ。
それにぶっちゃけ、俺もあとすこし待って出てこなかったら、現金だけ置いて立ち去るつもりだったし。
エンジニアの女性を待たせているし、ホットドッグも冷める。
なにより、こんなムダな時間があったら、さっさと家に帰ってゆっくりと配信を見たいからな!
《ダメよそれじゃ! こういうのはしっかり正さないと!》
だが、それでは女性客は怒りが収まらないらしい。
アメリカ人って日本人より、圧倒的に正義感が強いと思う。
《出てこい出てこい出てこーい! じゃなきゃ訴えるわよ! あるいは警察よ、警察!》
《あの、その、あはは……》
俺は女性客のパワフルさに、タジタジになってしまう。
それにこういうとき、真っ先に「訴える」という言葉が出てくるあたりがじつにアメリカだ。
さすがは訴訟大国。
みんな本当に、気軽に訴訟を起こすのだ。
じつは「アメリカ人は絶対に謝らない」と言われるのも、それが背景のひとつにあるからとか。
なにせ”ソーリー”と言った瞬間に非を認めることになる……訴えられたとき、ほぼ負け確定なのだ。
たしかに、そんなリスクがあっちゃあ謝れなくもなるよな。
思えばいつも、あんぐおーぐもべつの言い回しで代用していた。
《本当に通報するわよ? いいわね? アタシは本気よ! ごー、よん、さん……》
《す、すすすすいませェん! お待たせしましィた!》
《なによ、いるじゃないの! 出てくるのが遅いわよ! なにやってたの!?》
バックヤードの扉が内側から開かれ、ようやく店員の男性が姿を現した。
さすがに「やらかした」と後悔しているのか、顔面蒼白だ。
《あんたねぇ、こんな小さな子を待たせて、かわいそうだと思わないの!? まったくもう!》
《それェは、えェっと……》
《そんなに気にしてませんから! わたしは大丈夫ですから!》
俺以上にヒートアップしていた女性客を「どうどう」となだめる。
なんかもう、ただ待ちぼうけしていたほうが疲れなかった気がするんだが!
《それより、ほら! お姉さんもなにか買いに来たんじゃ?》
《そうだったわ。アンタ、この子に感謝しなさいよ。やさしい子でよかったわね!》
《ほっ……》
言って、女性客は自分の商品を選ぶために立ち去る。
俺はそれを見送って、ようやく安堵の息を吐いた。
改めて、商品をカウンターに置いてレジをお願いする。
店員はハンディスキャナーでバーコードを読み取ろうとして……。
《あっ、あれェっ? くそォうっ、なァんでっ……》
手が震えて、うまくできないようだった。
いや、なにもそこまで怯えなくても。
あの怖い女性客も離れていったし……。
と、そこまで考えて俺は違和感に気づいた。
《はァっ、はァっ……くそ、くそォうっ》
その店員の顔は女性客に怒鳴られていたときと変わらぬ、蒼白だった。
なぜ、この人はまだこんなにも怯えた顔をしているんだ?
言っちゃあなんだが、俺の外見は幼女にも等しいし、怒ってもいない。
そんな相手に成人男性がこんなにも恐怖するものなのか?
《……あ~》
俺は天を仰ぎたくなった。
イヤな予想がついてしまった。
けどこれ、間違いなく面倒ごとに首ツッコむことになるよなぁ。
かといって、このまま見て見ぬフリをするのもなぁ……。
よし決めた。
とりあえず確認だけしてみて、それから考えよう。
《おっと、電話がかかってきた!》
俺は大げさにそうアピールしながら、スマートフォンを耳に当てた。
それから
{店員さん、もしかしてなにかお困りごとですか?}
《……!》
店員はピクリと反応して顔を上げた。
その目には驚愕の色があった。
しかし、決して口を開こうとはしない。
いや、ちがう。おそらくは……。
{もし合っていれば、「支払い方法は現金か?」と尋ねてください}
《お、お支払い方法は現金でェす、か?》
うわ~、マジか~。
俺は電話しているフリを続けながらも、あまりのクジ運の悪さに顔が引きつりそうだった。
いやでも、まだ偶然に質問のタイミングが合っちゃっただけかもしれないし。
一応、もう一回だけ確認しておこう。
{今、話せない状況だったりしますか? だれかに脅されていますか? もしかして……}
{――強盗、ですか?}
《おおお、お支払いは現金でよかったァ、ですか?》
店員は泣きそうな声でそう繰り返し、
俺は今度こそ本当に天を仰いだ。
今、俺が電話のフリをして話したのは彼の母国語だ。
アメリカ系の人種でもないし訛った英語を使っているから、当たりをつけて声をかけてみたのだが……良くも悪くも、ドンピシャで通じてしまった。
今さら見過ごすわけにもいかないし……はぁ~。
どうやら俺は、とんでもない厄介ごとに巻き込まれたらしい――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます