第183話『ラボからのスカウト』
《イロハ、今日は本当にありがとう! すっごく参考になったわ!》
《こちらこそありがとう。わたしもおもしろかった》
俺は車に揺られながら、エンジニアの女性と言葉を交わしていた。
今は、非営利法人の
《にしても本当にすごすぎるわよ! いったい全部で、何ヶ国語を話せるの!?》
《うーん、わたしも把握してないからwiki見たほうが早いかも》
女性は興奮気味にずっと俺に話しかけてくる。
彼女はハイテンションになっているが、俺はもうクタクタだった。
《ねぇ、イロハってしばらくはこっちに滞在するのよね?》
《そうだね、半年くらいは》
《あと何回くらい来れそう?》
《えーっと》
研究所にいる間、俺はずっと質問攻めだった。
一応、暗くなる前にと解放されたがまだまだ聞き足りなさそうだ。
正直言って、研究所の面々は本当に遠慮がなかった。
ある意味、それだけ俺のことを対等に見ていたということかもしれないが。
《9月からは学校もはじまるのよね? 受け答えを聞いていたらとても、これからハイスクールに通いはじめる学生だなんて思えないけれど》
《いやー、ははは》
そんなやりとりをしていると、前方にガソリンスタンドが見えてくる。
こっちに来てから痛感したのだが、アメリカ人は長時間の運転に慣れすぎていると思う。
《あ、ちょっとガソリンなくなってきたから、寄るわね》
《はーい》
今回、呼ばれた研究所までもかなり遠かった。
車で片道2時間はかかっている。
日本ならもはや旅行だ。
いや、アメリカの道路はずっとまっすぐで信号もめったにないから、距離にするともっとだ。
今さらだが、わざわざ迎えに来てもらって悪い気がしてしまう。
それも、こんな優秀なエンジニアの時間を奪って、だ。
《ねぇ、イロハ。アメリカじゃハイスクールまでが義務教育だけれど、日本はそうじゃないんでしょう? だったら本当に、向こうの学校を卒業したらウチに来ない?》
《ありがたい話だけど……》
《もちろん本業が忙しいのは知ってるわ。それにうちは報酬も”スズメノナミダ”だしね。けれど、それ以上に……すっごく
車を停めながら、女性が言ってくる。
たしかに、見ているとまるでサークル活動の延長線上のような雰囲気があった。
みんな、やりたくてやっている。楽しくて仕方がない、といった空気。
すごく居心地がよさそうだ。
しかも働いているのは元ゴーゴル社員など、超がつく一流ばかり。
そんな彼らがネームバリューと高い報酬よりもこっちを選んで働いているのだ。
魅力的な職場でないはずがない。
ただ……俺の場合は、
《いや、お金の問題じゃなくてね》
《そうだったわね! 私の前職よりも稼いでるイロハには無用な話だったわね!》
《そういう意味でもないんだけど。というか、今回のわたし含め、報酬もらっちゃっていいの? 非営利法人なのに》
《あはは! 非営利法人はボランティアじゃないわよ? 目的がお金じゃないってだけで、お金がもらえなきゃ開発を続けられないでしょ》
《なるほど。非営利って聞いてたけど、合理的》
《最低限の給与以外は、全部研究費に回してるようなもんだしね。それでイロハ、やっぱりうちに……》
何度も断ってもグイグイ迫られてしまう。
こういうめげないところはアメリカ人らしい。
《あ~、ちょっと買いもの!》
《あっ、もうっ!》
俺は「このままじゃ押し切られちゃあ、たまらない!」と逃げるように車から降りた。
うーん、解放感。
アメリカの人って、なんでそんな長時間、車に乗ってて平気なんだ?
ともかく、これでガソリンを入れ終えるまでは時間が稼げるだろう。
子どもひとりで出歩くとマズい、とはいえさすがにこの距離だ。
俺はガソリンスタンドに併設されているコンビニに入った。
アメリカでコンビニっていうと、もっぱらこういう一体型だ。
それだけ車社会が強いのだろう。
《こんにちは~。あれ?》
もう慣れた様子で、あいさつをしながら店内へ。
アメリカで無言のまま店内に入っていくのは、不審者くらいなもんだ。
しかし、店員が見当たらない。
こういうパターンははじめてだった。
それともアメリカじゃ珍しくなかったりするのか?
なにか別の作業中か、サボっているのか……。
《うーん。まぁ、そのうち戻ってくるか》
防犯カメラがあるとはいえ、これじゃあ万引きし放題だろうし不用心だ。
そう思いながら店内を物色する。
アメリカのコンビニは、日本のとはかなり違う。
24時間営業ではないし、ラインナップも別物だ。
正直、ちがう部分より同じ部分を探すほうが早い。
あるいは目立つ。
《あっ、『やっほ〜お茶』だ》
アメリカでも売っている、数少ない甘くないお茶だ。
俺はせっかくだから、
お弁当コーナーにはほとんどなにもなかった。
というか日本の弁当文化が特殊なのかもしれないが。
一方でホットスナックなどは充実している。
それにドリンクマシンの数も多い。
あとはピザにドーナツ……。
そして、なんといってもホットドッグ。
極太のソーセージがマシンの中でコロコロと転がされながら、温められている。
ぐ~、とお腹が鳴った。
《そういえば、お昼ご飯を食べ損ねたんだった》
まだ夕飯まではちょっと時間があるし、車の中で食べてしまおう。
俺はパンにソーセージを挟んで、トッピングする。
ピクルスとオニオンとケチャップとマスタード、それからチーズソース。
どれもかけ放題だ。
ホットドッグ以外にもナチョスなどの選択肢があったが……。
どれもめちゃくちゃ安い。
《やっぱりアメリカってジャンクフードだけ物価おかしいよな》
となりには半分凍った炭酸ドリンク……スラッシーも売っている。
もうちょっと暑くなったら、試してみてもいいかも。
そんなことを考えながらレジに足を向け……。
うわっ、そうだった!? 店員いないんだった!?
《あのー》
声をかけてみるが反応はない。
いやー、これはまいったな。
もうホットドッグ作っちゃったし、お金払わずに店を出るわけにもいかない。
どうしたもんか、と待ちぼうけしていると……。
《こんにちわー》
出入り口のほうから声が聞こえた。
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