第381話『世界を3色に塗り分けられるか?』


 俺は現地民の男性に言われたとおり、狩りの練習をしていた。

 と同時に、彼らの言語のさらなる解析を進めていた。


「だって、森の中ではどんなトラブルが起こるかわからないもんな」


 咄嗟のときに、きちんと情報を伝えられるようにしておきたい。

 言葉がわからないから……表現に迷って、伝えるのが間に合わなかった。なんてのは御免だ。


「せめて、狩り以外の部分くらいは」


 当然だが、狩りの実力では俺は彼よりも劣る。

 ならばせめて、それ以外のことは足を引っ張らないようにしたかった。


「といってもここまで解析が進んだら、あとはほとんどチートに任せなんだけどね」


 それでも新たな気づきはいくつもあった。

 言語には地域ごとに傾向・・がある、といわれており……。



 たとえば、寒い地域は口をあまり開かないしゃべりかたになる、とか。

 津軽弁など……体温がなるべく出ていかないようにそうなった、という説がある。


 アニメなどでロシア系ヒロインが無口・無表情なクールキャラになりやすいのは、それが原因かも。

 口を大きく動かさないから、表情の変化が小さく……そのイメージが反映されているのかもしれない。



 逆に、赤道付近は音素が減る、という説もある。

 音素の数については、ほかにも人口にも比例しているとか。


 話者数の多い英語は24音素で、日本語は16音素。

 あくまで一例だが、そんな傾向があるのだ。


「これらは必ずしも一般化できるわけじゃないけど……」


 ただ実際、ここに住む彼らは話すとき大きく口を開く。

 表情が豊かで、使う言語には音素が少なかった。



「あと、やっぱり大きなちがいといえば――”色”か」



 彼らの言語には色を表す単語が少ない。

 それはおそらく、彼らの言語が若いことに起因している。


 だって、人間には本来『色』という概念は存在しないから。

 生まれたばかりの人間は、おおげさにいえば……。



 ――”色のない世界”で生きている。



 子どもが色の概念を理解するのはわりと遅く、3歳ごろだ。

 2歳の子にムリに教えようとしたら、1000回は試行が必要だったという研究もある。


「それほどに『色』を理解することは難しい」


 小さい子が塗り絵でめちゃくちゃな色を塗っているのを、みんな1度は見たことがあるだろう。

 俺たちはそれを「間違っている」と思ってしまう。


 だが、めちゃくちゃで当然なのだ。

 だって、まだ概念がないのだから。


 そもそも色はグラデーションだ。

 境界なんてものは本来、存在せず……人間が勝手に名前をつけて分けているだけ。


「彼らの言語はまだ成長の途中。だから、色の分類もまだだ」


 じつは、言語においてどのように色が増えていくかはパターンが決まっている。

 もちろん例外はあるのだが……。



 1段階目……白と黒。

 つまり「明るい」と「暗い」だけを示す言葉がある状態。


 生まれたばかりの、赤ちゃんの状態だ。

 だれもが最初はここからはじまる。



 2段階目……赤が増える。

 これはおそらく「血」の色だ。


 ケガをしているかの判断は生命に関わる。

 非常に重要度が高いから、まっさきに概念が生まれるのだろう。



 3段階目(4段階目)……黄色(あるいは緑色)。

 これは、どちらが先に生まれるかは順不同。


 というより、おそらくは同じ意味なのだと思う。

 黄色と緑色はつまり……食べもの(果物)が熟しているか、あるいは未熟か見分けるためのものだから。



 そして、5段階目……青。

 基本色の中で、最後に概念が生まれるのがこれだ。


 おそらくは空や海の色。

 たしかに必要だが、たとえ知らずとも生活できないわけではない。


 それに自然界にはあまり存在しない色だ。

 あとは人工的に顔料を作るのが難しいことも、一因かもしれない。



 彼らの言語はこれでいうところの3段階目だった。

 「白」と「黒」、それに「赤」を加えた3色。


「……そういえば」


 俺が赤い花に触りかけて注意されたことがあったな。

 彼らは「赤」をきちんと識別していた。


 だが、黄色や緑色はないまだないわけで……。

 彼らに言わせれば、熟しているバナナは「白」いし、未熟なバナナは「黒」くなる。


「まぁ、実際には『食べられる』と『食べられない』で区別することが多いんだけど」


 けど、色の認識のちがいは注意しておこう。

 以前したクオリアの話だ。


 理屈上の話にはなるが、俺はおそらく彼らに比べて色のちがいに敏感だ。

 もしかすると、俺にしか見つけられない……気づけないことがあるかもしれない。


「あとは……いつだったかも、言ったっけ」


 日本では昔、「緑」も「青」と呼ばれていた、という話をしたことがある。

 だから、緑色でも「青葉」なのだ、と。


 それもこれが理由だったりする。

 名称こそ逆だが、それらは第3段階……まだ「あお」までしか存在しないころに生まれた表現だから。


「日本語は4色の時期が長かった言語だからな」


 白と黒、赤……それからあお

 それが理由でこの4色だけは形容詞化できたりする。


 具体的には「白い」「黒い」「赤い」「青い」と言うことができる。

 あとからできた色では「黄い」や「緑い」……「橙い」「藍い」「紫い」など、表現できない。


「だから……」


《イロハちゃん、またなにか難しいこと考えてる? 声に出てるよ?》


《え、あっ!? ごめんなさい!》


 シークレットサービスの女性に声をかけられて、ビクっと肩が跳ねた。

 彼女はそんな俺を見てくすくすと笑っていた。


「……ホっ」


 俺は彼女の様子に安堵の息を吐く。

 彼女はここ数日で、驚くほど元気になっていた。


 起きていられる時間が増え、こうして普通に会話ができるほどになっていた――。


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