第25話『オンチじゃないやい!』


 スタンプで遊びだした視聴者に「まったく」と嘆息する。


「お前らがおもちゃにしてるそれ、準備するの大変だったんだからな? 具体的にいうとあー姉ぇがお金出してくれて、あー姉ぇがイラストレーターさんを紹介してくれて、あー姉ぇがおこづかいをエサにわたしを説得したことでようやく実現したんだからな?」


>>全部アネゴやんけ!www

>>アネゴ、裏でそんなに働いてたのか

>>なんで逆におこづかいまで要求してんだよwww


 まぁ実際、ほとんどあー姉ぇのおかげだ。

 お金がなければコネもない俺をフォローしてくれた。


 語学方面では逆に助けているので、必ずしも一方的というわけではないのだが。

 それでも、デビューからこっちお世話になっていることのほうが圧倒的に多い。


「もうっ、あー姉ぇのせいで忙しいったらありゃしない」


>>なんでちょっと上から目線なんだよw

>>イロハちゃんがアネゴにだけ遠慮ないのエモい

>>唯一、素直に甘えられる相手なんやろうな


「なッ!? そ、そんなんじゃないから! まぁたしかに? ちょっとはお世話になってるし? 初収益が入ったらちょっとくらいなにかお礼してあげてもいいかなー? とは思ってるけど。……あっ、今のあー姉ぇにはオフレコね!? 絶対だよ! フリじゃなく、本当に伝書鳩しないでね!?」


>>これは間違いなく良妹

>>こういうサプライズいいぞ、もっとやれ

>>ツンデレたすかる


「ちっがーう!? あと、一応言っとくけど、メン限配信については『わたしがしない』ってだけでそれ自体を否定してるわけじゃないから。あの特別感と、普段は隠しているVTuberの一面が見れる希少性はなにものにも代えがたい! なんならお金のあるみんなは、ぜひ一度でいいから推しのメンバーになって限定配信を見にいってみて欲しい! まず、後悔しないから!」


>>『メンバーへようこそ!』

>>『メンバーへようこそ!』

>>『メンバーへようこそ!』


「なんで今の流れでわたしのメンバーになるんだよ!? わたしはメン限配信ないっつってんだろーが! あーもうっ、感謝はしないからな!?」


>>イロハちゃんが俺の推しやからしゃーないw

>>いつも元気くれて、感謝してるのは俺たちのほうなんやで

>>どうしてもお礼したいなら1曲、歌ってくれてもいいよ♡


「おい今、歌えって言ったやつ! 名前覚えてるからな!? 定期的に歌配信しろって言ってくるやつだろ!」


>>歌配信しろ

>>歌配信しやがれ

>>歌配信して♡


「ぎゃぁあああ~、増えた!? ……え、音源? まぁ、あるけど。あーもうっ、わかったよ! 1曲だけ! 1曲だけだからな!? ええっと、音声ファイルは……」


 くそう。「音源がないからムリ」と断れれば早いのだが、残念ながらある。

 なぜそんなものを持っているのかって? あー姉ぇに渡されたからだよ!


 『歌配信はする予定ないからいらない』と拒否したのに、あいつめぇ。

 はっ!? まさかあー姉ぇはここまで見越して!? ……ないな。


「さすがに今回は翻訳しながら歌ったりしないからな? 普通の日本語の曲だから。それじゃあ……」


 音楽が流れはじめる。

 深呼吸して姿勢を正した。


 イントロが終わる。

 俺は大きく息を吸い込み、マイクに向かって声を送り出した――。


   *  *  *


「……えーっと」


>>腹痛いwww

>>結局、棒読みじゃねーか!!!!

>>これゆっくり歌企画だったのかwww


「あっれー!? こんなにオンチなはずは!?」


 前回、英語の曲を歌ったとき。

 俺はこのチートじみた翻訳能力の影響でだろう、棒読みになってしまった。


 だから今回は、そうならないように元から日本語の曲を選んだ。

 にも関わらず結果は同じだった。


 いったいなんだ?

 歌っているときの、このもどかしさは。


 まるで日本語から日本語へと翻訳しているような。

 あるいはもっとべつのナニか・・・から日本語へと変換しているのだろうか?


 いや、今は考えても仕方ない。

 それよりもまずは誤解を解かねば!


「ちがうんだよ、みんな! 信じて! 本当はもっとうまく歌えるんだ! わたしが推しの歌をこんなヘタクソにしか歌えないわけないだろ!? わたしの推しへの愛はこんなもんじゃない!」


>>おっ、おう、せやな

>>イロハちゃんにも苦手なことがあって安心した

>>できないことは素直にできないって言ってもええんやで


「ちっがーう!? 本当にわたしは――」


 その日から俺に『オンチ属性』が追加された。

 不本意だぁあああ!?


 しかも、あー姉ぇから「知り合いのボイトレの先生、紹介したげるね」と憐みの視線を向けられた。

 あー姉ぇに同情されたら終わりだよっ!


 だが、俺は無言で頷くしかできなかった。

 いつか必ず、見返してやる……!


   *  *  *


 そうこうしているうちに夏休みも終盤に差しかかっていた。

 ずいぶんと期間が開いたが、参加者であるVTuberたちとのスケジュール調整や準備が完了する。


 いよいよ夏のビッグイベントの開催だ。

 コミケの話じゃないぞ?


 夏休みの自由研究企画。

 ”VTuber夏の大研究発表会”が幕を開けた――。

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