第210話『朝だョ! 全員集合』


「デ、なんでオマエらがココにいるんダ!?」


「え? なんでって、あたしがそう望んだから? あ~っ、なにこれ!」


「哲学の話はしてないガ!? って勝手に家の中のものに触るナ!?」


「うぇへへぇ~! イロハちゃんぅ~、会いたかったよぉ~! 好き好きぃ~っ!」


「マイ!? オマエ、イロハに近すぎだゾ!? ちょっと離れロ!」


 外に放置するわけにもいかず、あー姉ぇとマイを部屋に招き入れたのだが……。

 あっという間に騒がしくなってしまったな。


 あー姉ぇは勝手にあっちこっち物色してるし、マイは俺に抱き着いて頬ずりしている。

 さらに、あんぐおーぐがマイを引き剥がそうとして……。


「お前ら、ちょっと静かにしろぉおおおー!」


「「「ヒィっ!?」」」」


 俺はガマンできず、叫んだ。

 もう限界だ!


「イロハちゃんがキレた!?」


「マイが悪いんだゾ! 普通に話しかける分なラ、イロハも許してくれるけド……この時間帯はちょうど日本勢の配信時間だかラ」


「あっ、そっかぁ~。時差があるからぁ~」


「全員、そこに正座っ!」


「はーいっ!」「ウウっ……」「はいぃ~!?」


 俺は3人を床に座らせ、黙らせた。

 それから配信を最後まで、朝ご飯を食べながらじっくりと堪能し……。


   *  *  *


「……ふぅ、今日の配信も楽しかった~。で、あー姉ぇたちはなにしに来たの?」


「あはは~、怒られちゃったね~っ」「うぐグ……。あ、足ガぁ~!?」「うぅ~、久々の再会なのにぃ~」


 三者三様のリアクションが返ってくる。

 足が痺れてダウンしたあんぐおーぐは放置して、あー姉ぇたちに視線を向けた。


「なんでって、遊びに来たって言ったでしょ~?」


「事前に連絡のひとつくらい欲しかったんだけど。こっちにも都合があるし」


「え? でも、マネージャーに確認取ったら『オッケー』って言ってたよ?」


 言って、あー姉ぇは視線を横へと向けた。

 マイがとなりで、「えへへぇ~」と笑っていた。


「マネージャーってマイのこと!? まさか、スケジュールが6月に固まってたのってこれが理由!?」


「いっぱい遊べるように、バッチリとイロハちゃんの予定を空けておいたよぉ~! これからしばらく、お世話になるねぇ~っ!」


「なっ!?」


 言って、マイは満面の笑みで持ってきた大量の荷物を指し示す。

 ほ、本気なのか!? でも、俺だけじゃなくあんぐおーぐの都合だってあるし。


「い、イロハ。ワタシのマネージャーからも今『着きましたか?』って連絡来タ……」


 どうやら、とっくに根回しは済んでいたらしい。

 まったく、やってくれたもんだ。


「はぁ~。でも、よく来られたね。マイは学校あるだろうに」


「マイの中学校は夏休みに入ったらしいよ~。むしろ、だからこそ遊びに来たって感じ」


「あれ? もうそんな時期だっけ?」


 あちこちのVTuberイベントに参加したり、トラブルに巻き込まれたりであっという間に時間がすぎていた。

 気づけばもう7月、とはいえ……。


「まだ上旬なのに、マイの中学ってずいぶんと夏休みはじまるの早いんだね」


「えぇ~っと、それはぁ~、そのぉ~」


「ちょ、ちょっとマイ? お姉ちゃん、『大丈夫』って聞いたから連れて来たんだけど!?」


「期末テストはもう終わってるしぃ~」


「マイ~っ!?」


 すると、まるで見計らったようなタイミングであー姉ぇのスマートフォンが鳴った。

 ディスプレイには『お母さん』と表示されていた。


「は、はひっ!? もしもし……ひぃいいい!? ち、ちがうの! これは、あたしじゃなくてマイが……ご、ごめんなさぁ~い!?」


「お、おう……」


 すでに成人している女性が、親に怒られて大号泣する姿を見てしまった。

 なんというか、うん……。


 俺にも多少はあー姉ぇを憐れむ気持ちが残っていたらしい。

 しばらくして、電話を終えたあー姉ぇがこちらを向いてサムズアップした。


「こ、このくらいへっちゃらだぜ! 帰ったら大目玉を食らうだけで済んだ!」


 声は震えていたし、まだ目尻に涙が溜まっていた。

 どこからどう見ても、強がりにしか思えない。


 天下のあー姉ぇも、親の雷には勝てなかったようだ。

 やがてガマンできなくなったのか、俺にしがみついて声を上げはじめた。


「うぇえええ~ん、イロハちゃ~ん! お姉ちゃんを慰めてぇ~!」


「おーよしよし。ざまぁみろ」


「イロハちゃん!?」


「あ、ごめん。普段振り回されてばっかりだから、つい恨みが」


「お姉ちゃんばっかり撫でられてズルいぃ~!」


「マイは言える立場じゃないでしょ!?」


 俺はマイにジトーとした視線を向けた。

 いつもは大体、あー姉ぇに原因があるのだが……今回ばっかりはマイが悪い。


 あんぐおーぐは「学校を休んだくらいで」とでも言いたげな表情をしているが、そのあたりの感覚はアメリカと日本じゃちがうからな。

 きちんとお灸をすえるべきだろう。


「マイ、さすがに……」


「あ、イロハちゃんストップ。お姉ちゃんは大丈夫だから、あんまりマイを責めてあげないでね~」


「え?」


 意外にも、マイを庇ったのはあー姉ぇ自身だった。


「この子、イロハちゃんがアメリカ行っちゃってから毎日、本当に寂しそうだったから。それでガマンできなくなったんだと思う」


「うっ……」


 そう言われると俺にも責任がある気がしてしまう。

 叱るに叱れなくなったじゃないか。


「けど、マイも。みんな心配するから次からはちゃんと言ってね? そしたらお姉ちゃんも協力できるし。……あっ。あと、お母さんたちが『夏休みが終わるまでには帰って来なさいよ』ってさ」


「お姉ちゃん……」


 さすがのマイも罪悪感があったらしく、申し訳なさそうにしていた。

 ……あー、もう!


「ていっ」


「あいたっ!」


 マイに軽くチョップを食らわせた。

 彼女は目を白黒させながら、頭を押さえてこちらを見てくる。


 これでチャラだ。

 せっかくみんな集まったのに、暗いのもなんだしな。


「一件落着っ! というわけで、さっそく……イロハちゃんのお部屋を探検だ~っ!」


「おいコラ、勝手に入るな……っていうか、あれ!? さっきまで泣いてたのは!?」


「え? そうだっけ~?」


 さっきまでの涙がウソのように、あー姉ぇはケロっとしていた。

 待て、よく考えてみるとマイの『渡航同意書』って……。


 もしかして、じつは最初からマイのウソに気づいていた、とか?

 ……いや、まさかな。


「ほら、マイも見てみなよ! って、あれ? イロハちゃんのベッドに枕がふたつもある?」


 あっ。

 スーっとマイの目から光が消えたような、そんな気がした。


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