第211話『セントラル・クーリング』

「そっかぁ~。お姉ちゃん、マイにも見せてくれるぅ~?」


 マイが無表情で立ち上がり、俺の部屋へと侵入を試みていた。

 俺とあんぐおーぐは彼女をなんとか押し留めにかかる。


「わーっ、マイ! ストップストップ! わたしの部屋だから、勝手に入られると困るっていうか!?」


「なんでダメなのかなぁ~? 日本にいたときは入れてくれてたのにぃ~?」


「うっ!?」


「あ、あれダ! イロハも”オトシゴロ”ってヤツなんだロ! だかラ、ここは穏便ニ」


「へぇ~、おーぐさんってイロハちゃんのことに詳しいんだぁ~?」


「ヒっ!?」


「お邪魔しまぁ~す」


 必死の抵抗もむなしく、マイに突破されてしまう。

 恐る恐る、俺たちもあとに続いて部屋へと入った。


「本当に枕がふたつ。それに、くんくん……この匂い、ひとつはイロハちゃんのじゃないねぇ~?」


 マイがギギギとまるで壊れたロボットみたいな動きで振り返る。

 その顔を見た瞬間、俺とあんぐおーぐは恐怖でお互いを抱きあった。


「同じベッドの上で、ふたりは毎晩いったいなにをしてたのかなぁ~? それにどうして、そんな自然にくっついてるのかなぁ~? まるでスキンシップに慣れてるみたいだねぇ~?」


「そのっ、これはちがっ……だから、ええっと!」


「こ、殺さないデ……!」


「イ~ロ~ハ~ちゃぁ~ん? おーぐさぁ~ん!?」


「「ヒィイイイイ~!?」」


 そうしてあー姉ぇとマイが渡米して来て早々、俺たちは酷い目にあった――。


   *  *  *


「にしても、すっごくステキな部屋だねぇ~。将来、マイがイロハちゃんと同棲するのにも悪くないかもぉ~」


「イヤ、ソノ。ココはワタシとイロハの部屋デ。というカ、引っつきすぎって言うカ」


「なにか言ったかなぁ~? おーぐさぁ~ん?」


「な、なんでもないゾ!」


 俺はマイに腕を絡めとられ、部屋を案内させられていた。

 あんぐおーぐが、そのあとをついて来ている。


「な、なんでこんなことに」


 結局、あんぐおーぐとの生活はすべてバレてしまった。

 とくに「お風呂まで一緒に入ってる」と知られたときは、命の危機さえ感じた。


 いやほんと、強盗なんかよりずっと恐ろしかった……。

 あんぐおーぐも恐怖を刻み込まれたらしく、マイに睨まれるたび「ぴえっ!?」と震えている。


「おーぐさんは本当にズルい。イロハちゃんとそんな生活をしていたなんて。その分、マイがこっちにいる間、イロハちゃんはマイのものだからねぇ~?」


 結局、当分は俺とマイが同じベッドで寝て、一緒にお風呂へ入ることで落としどころがついた。

 もともとベッドはふたつしかないし、2組に分かれるのはいいのだが……。


「た、助けてくれイロハ! 毎日、アネゴと同じベッドで寝るだなんテ、ワタシが死ヌ!」


「おーぐ」


「イロハ!」


「……がんばってね」


「イロハぁ~!?」


 あー姉ぇの寝相を知っている身からすると、この提案はむしろ幸運だったかも。

 ただ、風呂は……なんでだ?


 俺はもとから得をしていたわけでもないのに、どうしてこんな罰ゲームみたいな目に……。

 だが、今のマイに反論する勇気はなかった。


「わー、ここがお風呂ぉ~? これならイロハちゃんとふたりでもすっぽりだねぇ~。けど不思議ぃ~。リビングだけじゃなくてお風呂場まで涼しいなんてぇ~」


「セントラルヒーティングって言うんだって」


暖房ヒーティングぅ~?」


「そういえバ、冷暖房機なのにワタシもヒーティングって呼ぶナ。コンディショニングってのが正確なのニ。マぁ、人によるだろうけド」


「あれじゃない? わたしもエアコンのこと、クーラーって呼んじゃうことあるし」


「なるほどぉ~」


 マイの質問に、俺とあんぐおーぐで答える。


 そろそろ夏に入って暑くなってきたので、部屋には冷房を効かせていた。

 アメリカの冷暖房システムは日本のように、部屋ごとにエアコンが設置されているわけではない。


 トイレを含めたすべての部屋がダクトなどで繋がっている。

 そして、ひとつの冷暖房機で家をまるごと温度管理するのだ。


「さすがにリビングはそれだけじゃ行き渡らないから、シーリングファンも回してるけど」


 天井からぶら下がっている、照明と一体になった扇風機みたいなもの。

 日本でもカフェなんかで使われていることが多いやつだ。


 一見、オシャレっぽく見えるがアメリカだとこっちのほうがメジャーらしい。

 こういった空調ひとつとっても、日本とアメリカでは全然ちがう。


「イロハちゃーん! じゃあ、こっちの壁にある機械で全部の部屋の温度を変えられるの~!?」


 リビングのほうから、あー姉ぇが声を張って訊ねてくる。

 なんだ、聞いていたのか。


 彼女は彼女で、ひとりで好きに部屋を見て回っていた。

 正直、言ったって聞くはずもなし、飽きるまで好きにさせるつもりだ。


「ちょっと温度が高いから、下げといてもいい~!?」


「いーよー」


 ずっとはしゃいでるから、体温が上がっちゃったんだろう。

 まぁ、「暑いし水着になる!」とか言い出されないだけマシだな。


 というか、俺もちょっと暑かったし都合がいい。

 なにせ、マイがずっと腕を絡めたまんまだからな!


「それで、こっちの部屋が……」


 俺はそう納得し、案内を続けた。

 ……のだが。


   *  *  *


「あー姉ぇ、お前ぇ~!? ……ぶぇーっくしょんっ!?」


「これで風邪引いたら許さないからナ、バカアネゴ!」


「お姉ちゃんのバカぁ~!」


 ズビッと、俺は鼻を鳴らした。

 俺たちは一緒になって、ガクブルと震えながら毛布に包まるハメになっていた。


「え、えっと……あっれ~!?」


 あー姉ぇはそう首を傾げていた。


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