第212話『フリーダム・レディー』
俺とマイ、それからあんぐおーぐは一緒になってひとつの毛布に包まっていた。
部屋はまるで真冬のような寒さだった。
「あー姉ぇ、自分がいったい冷房を何度に設定したかわかってる!?」
「えーっと、何度だっけ? けど、熱湯みたいな温度になってたから、きっとみんな暑いだろうな~って思って、きっちりと下げておいたよ~」
「それ、おかしいと思わなかった!? アメリカは摂氏じゃなくて
案内がひととおり終わったころ、部屋が異様なまでに寒くなっていることに気づいた。
それで慌てて操作パネルを確認したのだが、案の定だった。
「そっか〜、なるほどね〜。アメリカのお
「おバカー! なんにもわかってない!? あー姉ぇはもう二度と、アレに触るなー!」
「え~!?」
不満そうに声をあげるが当然の処置だ。
俺たちの命に係わる。
「ところでお姉ちゃんも寒いんだけど〜」
あー姉ぇが羨ましそうにこちらを見てくる。
マイとあんぐおーぐが、まるで見せつけるみたいにさらにぎゅーっと俺に密着した。
普段なら押し返すところだが、今は非常事態だから仕方ない。
さすがに凍死よりはマシだから。
「お姉ちゃんも混ぜて~!」
「あー姉ぇは引っついてこないで」
「オマエはひとりで毛布被ってロ!」
「お姉ちゃんはダメ、ちょっとは反省してぇ~」
「みんな、酷くない!?」
自業自得だ。
しかし、そんな拒否でめげるあー姉ぇではない。
「そんなこと言わないでさ〜。てりゃっ!」
「おわっ!?」
結局抱きつかれて、みんな仲良く(?)団子になった。
おかげでまったく身動きが取れなくなってしまう。
「うぅっ、重い……」
さすがに、いつまでもこの体勢はしんどいぞ?
そんなことを思いはじめたとき、あー姉ぇが「よしっ!」と声を上げた。
「このままお部屋が温かくなるまで待ってるのもなんだし、みんなで
「えぇ~? マイはイロハちゃんとずっと、くっついていたいんだけどぉ~」
「そう言わずにさ~。せっかくアメリカまで来たんだよ? 思い出作らないとソンだよ?」
「それは、そうだけどぉ~」
マイがチラリとこちらを見てくる。
彼女の目が「離れるのは名残惜しい」と語っていた。
「イチャイチャなら夜すればいいでしょ〜。ふたりきりになるんだし」
「!!!! たしかにぃ~!」
「アネゴ!? マイに変な入れ知恵をするナ!?」
「それでイロハちゃんはこれまで、どんなところを観光したの? ここがよかったとか、オススメとか」
「えっ」
言われて、俺は記憶を探った。
だが、まったく思い当たらない。
「観光……、観光?」
「まさかイロハちゃん、今までどこにも行ってないの!? アメリカに来て何十日も経ってるのに! それはいくらインドアって言ってもダメだよ~!」
「だ、だって。観光地に行っても、VTuberがいるわけじゃないし」
「は~もうっ! ……てりゃあああ!」
あー姉ぇが俺たちが包まっている毛布を掴み、そして、バサァっ! と取っ払った。
冷たい空気が一気に全身を撫でる。
「寒い寒い寒い! あー姉ぇ、毛布返して!」
「寒かったら、お外に出ればいいでしょ~! これからみんなで一緒に、アメリカ観光するぞ~!」
「えぇ~!?」「エェ~!?」
そんな時間があったら配信を見ていたほうが有意義だ!
インドア派のあんぐおーぐも、反論しようとし……。
「イロハちゃん、ほら見てみなよ! これが――ニューヨーク!」
言って、あー姉ぇは俺の腕を引いて、眼下の景色を指差した。
俺たちは飛行機から街並み見下ろすハメになっていた……。
* * *
「あー姉ぇ、本当にさっきアメリカに着いたばっかりなんだよね? どんなバイタリティしてるの?」
俺はフラフラと飛行機を降りながら、そうぼやいた。
あんぐおーぐが同じく、疲れた様子であとに続いてくる。
「ワタシは行き先がホワイトハウスじゃなくなっただケ、マシだと思うことにしたゾ……」
「最初、そっち行く気マンマンだったもんね」
「なにが悲しくテ、実家を観光しなくちゃいけないんダ」
それについては、あんぐおーぐが特殊すぎるだけな気もするが。
世の中で、『ホワイトハウス観光』が帰省になる人間は彼女だけだ。
「マイはちょっと楽しかったかもぉ~。こんなに気軽に飛行機って乗れるんだねぇ~」
「こっちだと、メジャーな交通手段のひとつにすぎないからねー。わたしも各地のVTuberのイベント見に行くときとか、よく乗ってるよ」
「へぇ~」
今回は国内線での移動だ。
飛行機で移動、と聞くと大掛かりに感じられるかもしれないが、アメリカではそんなこともない。
そもそも飛行機自体が日本人がイメージするようなそれではなく、乗客数50名ほどの小型機が多い。
それこそ日本でいう『新幹線に乗る』くらいの気軽さで利用できる。
「それデ、ニューヨークのどこに行きたいんダ?」
知名度が高いところだとタイムズスクエア、エンパイアステートビル、グラウンド・ゼロとか。
しかし、それらよりもっと有名なのは、やっぱり……。
「そんなの決まってるでしょ? ニューヨークに来たらやっぱり――”自由の女神”だよ!」
* * *
と、張り切ったまではよかった。
だが、忘れていた。あー姉ぇが気合いを入れて、厄介ごとが起きないはずがない、と。
「ちょっと、あー姉ぇ。本当にこっちで合ってるの?」
「あはは、知らないのイロハちゃん~? 地球って丸いんだよ? いつかは必ず辿り着けるから大丈夫!」
「それは大丈夫とは言わない!」
あたりを見回せば高層ビル群。
視界は遮られ、目的地たる自由の女神は見つからない。
「ちょっとストップ。今、地図を確認するから……って、どこ行くのあー姉ぇ!?」
「お姉ちゃんに任せて! そこの人に道を聞いてくるから!」
「なっ!? 待っ……!?」
イヤな予感。
慌ててあー姉ぇを止めようとするが、間に合わなかった。
「ヘイヘイヘーイ! ”フリーダムレディー”! プリーズ! イェー!」
ぎゃあああ〜!?
勢いだけでしゃべるなバカ!
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