第213話『はい、チーズ!』


「イエース! アイ、ウォッチング! ”フリーダム・レディー”!」


《な、なんだって? ”奔放な女”?》


 道を尋ねられた人が、困惑した様子で首を傾げていた。

 そりゃそうなる……というか、フリーダム・レディーはあー姉ぇ、お前だよ!


 本当に、なんてひどいゴリ押し英語なんだ。

 ちっとも通じていないが、それでも彼女は止まらない。


「ユー、フリーダム・レディー、ワカラナイ? それじゃあ、”フリーマン”! サーチ!」


《フリーマンって、俳優のかい? キミは奔放な女で、俳優を探している?》


「ン~? イエス?」


「全然、イエスじゃないが!?」


 俺はたまらず会話に割り込んだ。

 さすがにこれ以上、とんでもない方向に話を転がされてはたまらない。


 この調子じゃあいつまで経っても観光を終えるどころか、始まりすらしないだろう。

 こっちはさっさと帰って配信を見たいのに!


「イロハちゃん。ノットイエス?」


「なんでわたしにまでエセ英語? けどまぁ、ノットイエスだよ」


「ヘイ! フリーマン、はノー! そうじゃなくて……”フリーアメリカ”!」


「なっ!?」


 あー姉ぇのトンデモ発言に、俺は思わず固まった。

 現地の人も驚愕し、それから神妙な面持ちになる。


《よくわかったよ、お嬢さん。キミの英語はちっとも理解できないが、愛国心・・・は十分に伝わった。だから……私にできることならなんでも協力しようじゃないか!》


「オー! サンキュー、ベリーマッチ!」


《あぁ! 一緒に――”アメリカを救おう”!》


「イエス! フリーアメリカ! トゥギャザー!」


 あー姉ぇと現地の人が意気投合して、ガッチリと肩を組んでいた。

 会話に割って入ったら、余計に酷いことになってしまった……。


《ところで、愛国心に溢れたお嬢さん。キミはニューヨーク、初めてかい?》


「ア~、イエス?」


《やはりそうか! ならば、アレは必ず見たほうがいい。我らが自由と民主主義の象徴さ! よし、志を同じくするお嬢さんのために、私がそこまで案内してあげよう!》


「サンキュー! レッツゴー!」


 そのまま、ふたりは「ガッハッハ!」と笑い声を上げながら歩きはじめた。

 そして……。


   *  *  *


《ではお嬢さん、さらばだ! もしアメリカ滞在中に困ったことがあったら連絡してくれ! 私は全力でキミの力になろう!》


「オーケー! グッバーイ!」


 道案内をしてくれた現地の人が、満面の笑顔で去って行った。

 きっと、今の俺は非常に渋い顔をしているだろう。


「……おーぐ」


「イロハ、ワタシも気持ちは一緒ダ」


「マイは英語あんまりわからないけど、それでもお姉ちゃんがムチャクチャだったことはわかるよぉ~」


 俺たちは3人揃って、遠い目をしていた。

 視線の先……というか目の前には、なぜかきちんと目的地である”自由の女神”が鎮座していた。


 どうしてこうなった!?

 あー姉ぇはドヤ顔でこちらを見てくる。


「どう? 言ったでしょ、イロハちゃん。お姉ちゃんに任せてって。道を尋ねるくらい、あたしでも余裕なんだからね~。これでも、それなりグローバルな配信者してるし~」


「いやいやいや!? 言っておくけど、なにひとつ通じてなかったからね!?」


「あはは、なに言ってるの? 通じてなきゃ、さっきの人がここまで案内してくれるわけないでしょ~」


「うぐっ!? だから、それはたまたまで」


「フッ、イロハちゃん……たまたまで目的が達成できるほど、世の中は甘くないよ?」


「……」


 こんなときばかりのあー姉ぇの正論に、ピキッとこめかみに力が入った。

 こ、こいつ……。


「抑えロ、イロハ! 気持ちはわかるガ!」


「相手はお姉ちゃんだからぁ~! ねぇ~?」


 あんぐおーぐとマイが「どうどう」と俺をなだめてくる。

 そうだった。長らく離れていたから忘れていたが、あー姉ぇってこんな感じだった。


 パッションだけで意思疎通できてしまったり、通じていないのになんとかなってしまったり。

 ……日本で暮らしてたとき、俺よく耐えられてたなぁ。


「にしても、これが自由の女神なんだねぇ~?」


「だね~! なんか……思ったより小さいね!」


「アネゴ、オマエもうちょっと歯に衣を着せロ」


「そうだっ! せっかくだしみんなで写真撮ろ~! あのー、すいませーん!」


 あー姉ぇが言って、近くの人に声をかけようとする。

 俺は慌ててそれを制止した。


「待って、あー姉ぇ。そういう交渉はわたしがするから」


 これ以上、トラブルはゴメンだ。

 そういう思いで、間に割って入ったのだが……。


「イロハもストップ。ここは日本じゃないんだからナ? スマートフォンを知らない人に渡したりなんてしたラ、持ち逃げされても文句は言えないゾ」


「えっ。それは考えてなかった」


「マイ、自撮り棒持ってるよぉ~」


 必ず盗まれる、なんてことはもちろんないが自衛は大切だ。

 とくに俺たちのスマートフォンは、仕事関係の機密も大量だし。


「じゃあ撮るゾ。……”はいセイ、チーズ”」


「「「”チーズ”!」」」


 あんぐおーぐの掛け声に合わせて、各々がピースマークやハートマークを作った。

 カシャッとシャッター音が響いた。


「そういえば、アメリカでも写真の掛け声って日本と同じなんだねぇ~」


「たしか、そっちが元ネタじゃなかったっけ?」


 言いながら、みんなで画面をのぞき込んで写真の出来栄えをチェックする。

 写真には仲良く引っつく4人と、それから背後に自由の女神がしっかりと収まっていた。


「ここで問題ダ。自由の女神ノ……足元には鎖と足かせ、右手にはたいまつ、左手には書物があル。その書物に書かれている文字はなにか知ってるカ?」


 あんぐおーぐが、いきなりクイズを出してくる。

 なんで急に? と首を傾げながら答えを考え……。


「あっ!?」


 俺は気づいて、スマートフォンで今日の日付を確認した――。

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