第214話『カリフォルニア・ロール』

 自由の女神が左手で持つ書物。

 そこに書いてある文字とは……。


「独立記念日、って……そっか。7月4日って、明日だ」


「マイがムチャをして前倒しでこっちに来たのハ、ある意味タイミングがよかったかもナ」


「そうだったんだぁ~。なにかお祭りがあるのぉ~?」


「そういうのもないわけじゃないガ。独立記念日にしかできないことがあるんダ」


 社会の勉強で独立記念日そのものは知っていた。

 けれど、その日にしかできないこと……って、いったいなんだ?


「せっかくだシ、あとで買って帰るカ?」


「なにかわかんないけど、もちろんっ!」


 こういうイベントごとをあー姉ぇが逃すはずもない。

 当然のように彼女が同意する。


 俺たちはフリーダム・レディー……じゃなかった。

 自由の女神スタチュー・オブ・リバティーをあとにしたのだった――。


   *  *  *


「うわぁ~。気づいたらもういい時間だねぇ~?」


 マイが暗くなってきた空を見上げて言う。

 あんぐおーぐが”なにか”を買い込む間、俺たちもあっちこっち店を冷やかしていた。


 時間はあっという間に溶けてしまった。

 それもこれも、あー姉ぇがひとつひとつに反応するせいだろう。


 だが、それ以上に……。


「一番最初、道に迷ったタイムロスが大きかったよね」


「わかってないな~、イロハちゃん! 観光ってのは、そういう道草も含めて楽しむものだよ!」


「それはあー姉ぇ以外が言って、はじめて意味のあるセリフだからね?」


「そんなことより、ごはん~! お姉ちゃん、お腹空いたよ~!」


「オイっ」


 こっちの発言を思いっきりムシして、あー姉ぇは好き勝手なことを言っていた。

 自由かっ! ……いや、そのとおりだったわ。


「でモ、ワタシもお腹が空いたナー」


「そういえば、お昼も食べてないもんねぇ~」


 一応、機内でちょっとした軽食は口にした。

 だが国内線ということもあって、それこそスナック程度のものだった。


「あ~!? あそこのお店、おもしろそう! よし、入ろう!」


「えぇ~!? お姉ちゃん、本気ぃ~!? せっかくアメリカに来たのにぃ~!?」


「待てアネゴ! どうせ食べるならほかの店ニ……!」


「ハロー!」


「ま、間に合わなかっタ」


 あー姉ぇが飲食店のドアを開けて、突入してしまう。

 俺たちはやむを得ず、あとに続いた。


 彼女が勢いだけで話し出す前に、俺は店員に告げた。


《こんにちは。4人なんですが、席って空いてますか?》


《大丈夫よ。そっちの席に座っといて。――”イラッシャーセー”!》


 店員さんが返してきたのは日本語のあいさつだった。

 しかも全員が、白いはっぴ・・・のような制服を身にまとっていた。


 さらに、店の奥へと進むと、ツンと海鮮とお酢の香りが鼻をついてくる。

 そう、ここは……。


「なんで、アメリカ旅行で最初に食べるご飯が、お寿司なのぉ~!?」


「ワタシもアメリカのお寿司、ハッキリ言って好きじゃないんだガ」


「ま~ま~、いいじゃんいいじゃん!」


 よりによってお寿司屋さんだった。

 まぁ、アメリカに”専門店”はほとんど存在しないので、正確にいえば『日本食屋』だが。


「え~、なににしよっかな~!」


 あー姉ぇがウキウキでメニューを選びはじめる。

 入ってしまった以上は仕方ない。俺たちもお寿司を選……ぼうとしたのだが。


「ど、どんな料理か全然わかんない。ねぇ、おーぐ。カリフォルニアロールが裏巻きなのはわかるんだけど、こっちのダイナマイトロールって?」


「エビの天ぷらが巻かれてるヤツだナ」


「お、おーぐさん! こ、こここれっ! 蜘蛛巻きって、そういうことぉ~!?」


「早まるナ。スパイダーロールって名前だけド、巻かれてるのはカニだかラ。そっちのキャタピラーロールもべつニ、イモムシが巻かれてるわけじゃないからナ?」


 そんな風にワイワイと騒ぎながらメニューを決めていく。

 せっかくだから、とアメリカらしいロール寿司が中心となっていった。


 店員さんに注文を告げ、しばし。

 俺たちは届いたお寿司を見て……。


「アメリカのお寿司って、見た目がハデなんだねぇ~」


 海苔が内側に巻かれ、外側にはサーモンが被せられていたり、とびっこがかかっていたり。

 あるいは上からソースがかかっていたり……極彩色が目につく料理だった。


「それじゃあ、いただきまーす!」「いただきますぅ~」「いただきます」「……いただきまス」


 手を合わせてから各々、寿司へと箸を伸ばす。

 俺もロール寿司を頬張った。その味は……。


「う~ん、おいし~っ!」「「「……」」」


 声を上げたのはあー姉ぇだけだった。

 あんぐおーぐがため息混じりに言う。


「だからイヤだったんダ」


「なんだろう。なにか、こう……ちがう? 形はともかく、食材に大差はなさそうなのに」


 酢飯があって、海苔があって、魚介があって。

 しょうゆもテーブルに置いてあるのに……。


「それは多分、法律のせいダ」


「……? なんでここで法律の話?」


「こっちのレストランで提供される魚介類ハ、一度冷凍しなきゃいけないんだヨ」


「そうなの?」


「なんでかは知らないが”ツナ”だけは例外だかラ、ちょっとマシかもナ。ほラ、あーン」


 あんぐおーぐが赤っぽいソースのかかったロール寿司を差し出してくる。

 流れで、俺も「あーん」と頬張ってしまう。


「なっ!? おーぐさんだけズルいぃ~!?」


「これはなんて名前なの?」


「スパイシー・ツナ・ロールだナ」


「へぇ~、むぐっ!?」


「どぉ~? イロハちゃん、マイのお寿司おいしいぃ~?」


「……しゃへってる最中に、口にものをふっこむな」


 マイが俺の口にソフトシェルクラブ入りの寿司を突っ込んでくる。

 もぐもぐとそれを咀嚼した。


 と、あんぐおーぐが「耐えきれない」とばかりに叫んだ。


「あーもウ! なんでこうアメリカの寿司はxxxピーなんダ! アネゴ……はともかク、イロハたちだって日本人として許せないだロ!? こんなのは寿司への冒涜――」


「いや、べつに?」「マイも気にしないかなぁー?」


「エェエエエーっ!?」


 アメリカのお寿司をボロクソに貶しはじめたあんぐおーぐに、俺たちは首を傾げた。

 なぜかアメリカ人である彼女だけが、ロール寿司を否定するという逆転現象が起きていた。

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