第215話『語源クイズ』
「な、なに言ってるんダ!? イロハも『ちがう』っテ、さっき言ってだロ!」
「あ、うん。言ったよ? けどマズいとは思わないし、むしろこれはこれでおいしいっていうか」
「だねぇ~」
俺の発言に、マイもコクコクと頷いていた。
その横であー姉ぇはパクパクとロール寿司を頬張っている。
「もしかしておーぐ、また日本にかぶれちゃってるんじゃない?」
「ナっ!? バ、バカな……イヤ、でモ」
「たしかに、日本のお寿司とはべつの料理だし、お寿司だと思って食べると困惑するけどね。最初からそういうものだと思って食べたら普通においしいよ。ほら、あーん」
ロール寿司を箸でつまんで、あんぐおーぐに差し出す。
やってから「あっ」と気づく。
さっき同じことをやられたから、流れでやり返してしまった。
けど、今さらだしいいか。するのもされるのも大差ないだろ。
「い、いいいイロハちゃんからの『あ~ん』ぅ~!?」
「わ、ワタシもこんなのはハジメテなんだガ!?」
あんぐおーぐがやや戸惑いながら、ゴクリと唾液を飲んだ。
それから「い、いただきまス」と口を開ける。
「パクっ……モグモグ。言われてみるとおいしい気がすル。というか緊張して味がわからないんだガ!? なんだか『おいしい』の定義がわからなくなってきタ」
「そんなのイロハちゃんに食べさせてもらったら、どんなものでもおいしいに決まってるよぉ~!? イロハちゃんっ、マイも食べさせてぇ~!」
「わたしは親鳥か。自分で食べなさい」
俺はロール寿司を箸でつまむと、自分の口へと放り込んだ。
マイが「あぁ~っ!?」と悲鳴を上げる。
「イロハちゃん! マイも、あぁ~ん! あぁ~んっ!」
「……はぁ~、もう。わかったよ。ほら、あーん」
マイが「きゃぁ~!」とよろこんで、大きく口を開ける。
直後、横からあー姉ぇがひょこっと現れ、俺の箸からロール寿司をパクッとかっさらっていった。
「ん~っ! イロハちゃんのお寿司おいし~っ!」
「おおお、お姉ちゃんのバカぁ~!? 吐き出せぇ~っ!」
「あははっ! って、ちょっ!? く、苦しっ!?」
マイがあー姉ぇに掴みかかって、絞め落としにかかっていた。
……みんな元気だなー。
俺とあんぐおーぐは巻き込まれたくないように、とひっそり脇へ避難する。
ついでに彼女の皿から、スパイシー・ツナ・ロールをもうひとつもらった。
「イロハ、ソレ気に入ったのカ?」
「そういうわけでもないんだけど。でも、アボカドとかスモークチーズとかチリソースとか……普段見かけない食材を使ったもののほうが好きかも。普通のお寿司に近いと、日本のと比べちゃいそうだし」
「なるほどナー。っテ、そうだイロハ! ここで問題ダ!」
自由の女神に続いて、またあんぐおーぐが問題を出してくる。
もしかして彼女の中で、クイズでも流行っているのだろうか?
「このスパイシー・ツナ・ロールにも使われてるネギトロだガ、見てのとおりネギが入ってなイ。それでモ、これがネギトロと呼ばれるその理由はなんでしょウ!」
予想以上に難しい問題で、俺は頭を悩ませた。
なんならネギトロって……ネギが入っていないどころか、トロですらないんだよなぁ。
しばし考えるが、答えは出そうになかった。
素直に白旗を上げる。
「うーん、ギブアップ。わからないなー」
「フ……フハっ、フハハハ! ついにイロハに勝ったゾ!」
あんぐおーぐが高笑いする。
いや、俺が答えられないくらいでそこまでよろこばなくても。
「じつは『ドギーバッグ』の件でイロハに恥をかかされてかラ、いつかギャフンと言わせてやりたいと思ってずっと準備してたんダ!」
「そうだったの? なんというムダな労力」
「なにを言ウ! 今、ムダじゃなくなったゾ! イロハ~、答えを知りたいカ~?」
「まぁ、知れるもんなら知りたいけど。おーぐは答えわかるの?」
「バカにしてるのカ? 知らなきゃ問題に出すわけないだロ! ちなみにイロハ、そもそもネギトロがなにからできてるかは知ってるのカ?」
「マグロの中落ちでしょ?」
「そのとおりダ! そしテ、答えハ……その昔、日本では中落ちを骨からこそぎ落とすことを『ねぎ取る』と言っていたかラ! だかラ、ネギなしのマグロ単体でも『ネギトロ』って呼ばれるんダ!」
あんぐおーぐは言って、「フフン」と胸を張った。
俺は「なるほど」と深く頷いてから、彼女に告げる。
「あの、おーぐ。ドヤ顔してるところ悪いんだけど……多分、それデマだよ?」
「……ヘっ!?」
「基本的に、どの言葉ももとになった単語や語源が存在するんだけど、わたしの知るかぎり『ねぎ取る』にはそれがないんだよ。むしろ『ねぎ取る』の語源が『ネギトロ』ってほうが、可能性高いかも?」
「!?!?!? じゃ、じゃあワタシ、今」
「自慢げに勘違いを披露してたことになる、かな? だから、わたしも”わからない”って答えたんだけど。答えを知ってるなら、わたしも知りたいなーって」
「……う、うわぁーン! イロハのバカー!」
「えっ!? 今の、わたしが悪いの!?」
いや、しいて言うなら「相手が悪かった」か。
言語チートを持っているだなんてあんぐおーぐは知らないのだから、ムリもないが。
「へぇー、お姉ちゃんはてっきり『根こそぎ取る』の略かと思っちゃったー」
「……! それは……わたしもはじめて聞いたけど、けっこうおもしろい説かも」
「ウウッ……逆ニ、なんだったらイロハは知らないんダ!?」
「おーぐ、そのアイデアおもしろいっ! 採用で~っ!」
いきなり会話にあー姉ぇが割り込んでくる。
まだ、マイに「がるるるぅ~!」と噛みつかれていたが。
「というわけで近々、イロハちゃんの”初耳”を探す企画をやろう! いろんなVTuberに声をかけて、エピソードや問題を持ち寄ってもらうぞ~!」
「うぇ~っ!?」
また、あー姉ぇが面倒なことを言い出してしまった。
トラブルの予感に、俺は頬をひきつらせた――。
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