第216話『あきらかに砂糖』

「毎度のこととはいえ、なーんであー姉ぇがわたしの企画を決めてるの?」


「ま~ま~、気にしないっ!」


「はぁ~」


 ありがた迷惑、とは言い切れないところがあー姉ぇの厄介なところ。

 俺は諦めて受け入れるしかない。


 もちろん抵抗してもいいのだが、これまでの経験で勝てないとわかってるからな!

 余計な体力を使うだけだ。


「それじゃあネタバレにならないように、お姉ちゃんのほうでいろんな人に声をかけておくね~! おーぐも今こそリベンジのチャンスだよ! 一緒に戦おうぞ!」


「けド、イロハに言語方面で勝つなんテ、もウ」


「なに弱気になってるの! ちなみに、勝者への景品は『イロハちゃんに好きなセリフを言ってもらえる権利』だからねっ!」


「よし乗っタ!」


「ちょっ、あー姉ぇ!? それは、ちゃんとわたしに確認取ってくれる!?」


 さすがに、そこまでは許可してない!

 昔、いろんな言語で『バカ』と言うだけの企画をしたが……ひどい目に遭った。その二の舞はゴメンだ!


「でも、イロハちゃんに聞いたら『ダメ』って言うでしょ~?」


「あたりまえでしょ!」


「じゃあ、強行するしかないよね~?」


「なんでそこで諦めるとか、変更するって選択肢が出ないの!?」


「おおお、お姉ちゃんぅ~! それって一般リスナーからもアイデア募集したりしないぃ~!?」


「マイ……それ、採用で!」


「マイまで!?」


 話がだんだんと大きくなっていく。

 3人は大盛りあがりで企画の詳細を詰めていた。


「……はぁ~」


 大きく嘆息して、天井を見上げる。

 当然のように、俺の意見の挟まる余地などなかった――。


   *  *  *


 その帰り道だった。

 4人で日の落ちた街を歩いていると、ポツリと雫が鼻先に落ちた。


「うぅ~、雨降ってきちゃったねぇ~」


「エっ!? それは明日・・が心配だナぁ」


「ほら、天気予報。晴れになってるし、すぐ止むんじゃない?」


「ホっ、それなら大丈夫だナ」


 あんぐおーぐが心配しているのは『独立記念日にしかできないこと』についてだろうか?

 スマートフォンの画面を見せると、安堵の息を吐いていた。


「あはは! 暑かったからちょうどいいかも!」


「そりゃ、あれだけ白熱して会議してたらねぇ」


 あー姉ぇがスキップするように雨の中を踊る。

 車のヘッドライトや街頭が雨粒をキラキラと照らし、彼女に幻想的な装飾を施していた。


「あー姉ぇ、ちょっと落ち着きなよ。すれちがう人たちにクスクス笑われてるから」


「”オノボリサン”にしか見えないゾー」


「いいのいいの! そのとおりなんだからっ!」


「風邪引いても知らないからねぇ~! と思ったけど、よく考えたらお姉ちゃんが体調崩してるところなんて、マイも見たことなかったよぉ~」


「ふはははっ! あたしは無敵だからねっ!」


 俺もあー姉ぇが寝込んでいる姿なんて想像できなかった。

 もしもそんなことがあれば、天変地異の前触れだと大騒ぎするかも。


「まったくもぉ~」


 マイがあきれながら、折りたたみ傘を取り出す。

 と、あんぐおーぐが不思議そうにマイの手元へ視線を向けていた。


「そういえば日本だとミンナ、雨が降ると傘を差すよナー」


「え? それは当たり前じゃない?」


「イヤ、まわりを見てみろヨ」


「あれ? そういえば、だれも傘を差してないかも」


「ワタシもよっぽどの土砂降りじゃないト、傘なんて持ち出さないしナ。それこそ、折り畳み傘を持ち歩くヤツなんテ、めったにいないかラ……こういウ、にわか雨だト」


 なるほど。

 雨でもだれも傘を差していない、という状況ができあがるわけか。


「なんでだろ。気候のちがいかな?」


 アメリカは1年を通して比較的暑く、さらに乾燥気味だ。

 服だって、濡れたところで放っておけばすぐに乾くのだろう。


「ほかには傘を差すのがメンドウっていう、大雑把な国民性とカ。ミンナ、わりと雨が好きだとカ。あとはそうだナ、これはニューヨークの場合なんだガ……」


「あぁ~っ!?」


 あんぐおーぐが説明している途中で、マイが折り畳み傘を開いた。

 瞬間、突風が駆け抜け、傘をバキバキの逆てるてるぼうず・・・・・・・・にしてしまった。


「……ニューヨークの場合、ビル風がすごいかラ。って言おうとしたんだガ」


「あと10秒早く言ってよぉ~!」


「スマンスマン」


 あんぐおーぐが、マイが壊れた折りたたみ傘を片付けるのを手伝いに行く。

 残された俺へ、あー姉ぇが声をかけてきた。


「イロハちゃん、こっちこっち~! みんな歩くの遅いよ~!」


「はぁ、もう。あー姉ぇが勝手に、ひとりで先に進んでるだけでしょ」


 言いつつも、早足をしてトテテっとあー姉ぇに追いつく。

 彼女は後ろ歩きしながら「あはは」と笑っていた。


「ちゃんと前見ないと危ないよ」


「わかってるって~。信号確認、オッケー! 進め~!」


 青信号になったのを確認して、あー姉ぇが横断歩道に足を踏み出した。

 瞬間、俺は「ハッ」として彼女の腕を引いた。



「――あー姉ぇ、危ないっ!!」



 直後、ブォオオオン! と風を切りながら、すぐ鼻先をトラックが通過した。

 あー姉ぇがボフンっと俺の胸元に抱き着くようにしてバランスを崩す。


「っと、おわっ!」


 支えきれずに、俺はあー姉ぇごとバシャンと尻もちを着いた。

 ううっ、よりによって水たまりにおしりが!?


 なんだか、おもらししたみたいになってしまった。

 だが、それよりも……。


「なにやってんだ! 危ないって言っただろ! こっちの交通ルールでは……」


 思わず、男口調も丸出しであー姉ぇに怒鳴ってしまう。

 あー姉ぇはキョトンとした様子でこちらを見上げていた。


「あー姉ぇ?」


「……え!? あ、そ、その……ごめんなさい」


 なんだか様子がおかしかった。

 ど、どうしたんだ? あのあー姉ぇがこんな……”しおらしい”なんて!?

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