第209話『六畳間の救世主!?』
《さすがイロハさんのご友人だけあって、みなさんとても個性的でしたね》
《お願いだから、わたしをふたりと同類扱いしないでくれます!?》
あー姉ぇとの通話が切れるやいなや、認定員さんが微笑ましい視線を向けてくる。
これ、絶対そんな温かい話じゃないからな!?
>>認定員さん、さらっと毒舌で草(米)
>>まぁ、イロハちゃんがおーぐやアネゴ以上に変人なのは間違いないし
>>そもそもVTuberに普通の人間なんておらんしな(米)
《なっ!? そ、それはアレでしょ? 平均的な人間なんていない、って意味で》
すべてが平均的な人間が存在する確率は、実質0パーセントだ。
必ず、どこかひとつは基準値から外れているもの。
だから、自分を”普通”だと思っている人だって、VTuberになってみれば特徴が出てくるもんだ。
あまねくVTuberはオンリーワンであり、あなたのようなVTuberになれるのはあなただけ。
《いえ、そうではなく。イロハさんはクレイジーだと思います》
《認定員さん!?》
《もちろん、いい意味でですよ?》
フォローになってない!?
背中を刺されたような気分なんだが!?
たしかに俺は言語チートこそ持っている。
しかし、それ以外は常識人だ!
だってVTuberのために命を捧げられるのは、人類共通だろ?
ただ、世の中にはすでにVTuberの魅力に気づいている人と、これから気づく人の2種類がいるだけで。
……うん!
やっぱり、チート以外に目立った特徴なんてないな!
《まぁ、それはともかくとして。これで英語と日本語も完了しました。イロハさんももうお気づきですね? 以上で、すべての審査が終了したことになります》
認定員さんがゆっくりとあたりを見渡した。
コメント欄もまるで固唾を呑むかのように、静かになっていた。
《というわけで、これより結果発表に移らせていただきます!》
結果は確信している。それでも、なぜか緊張した。
認定員さんはまるで噛みしめるように、一言ずつ丁寧に発した。
《今回、翻訳少女イロハさんは『流暢に何ヶ国語を話せるか?』という記録に挑戦なさいました。そして、現行記録を更新し……》
《――見事、”60ヶ国語”という記録を達成されたことを、ここに認定いたします!》
ファンファーレが鳴り、パーティー・ポッパーから飛び出した紙吹雪が宙を舞った。
コメント欄がお祝いの言葉で埋め尽くされる。
>>うおぉおおお~!
>>イロハちゃんおめでと~!(米)
>>さすがはイロハサマです!!!!(宇)
《イロハ~~~~!》
《あっ、ちょっ!?》
あんぐおーぐがこちらへ駆け寄り、飛びついてくる。
俺は勢いに負けて倒れ……。
こうして――俺の長かったギネス世界記録への挑戦は、幕を下ろしたのだった。
* * *
そして、数日後……。
俺とあんぐおーぐは、いつものように一緒に朝ご飯を食べていた。
アメリカに来て、まもなく2ヶ月。
この光景も、もう見慣れたもんだ。
変わった点といえば……。
俺はリビングの端へと視線を向ける。そこにはギネス記録の認定証が飾られていた。
と、彼女がちょんちょんと俺の二の腕を突っついてくる。
うっ、イヤな予感。
《なに?》
《イロハ、またオマエのことがニュースで取り上げられてるぞ!》
《うへぇ~》
あんぐおーぐがハイテンションに、テレビを指差していた。
俺はもう「勘弁してくれ」という気分だった。
ギネス世界記録の更新は、予想以上に話題になったらしい。
仕事用の連絡先にもニュース番組やバラエティ番組から、出演の依頼がひっきりなしに届いていた。
『翻訳少女イロハさんは現在、親善大使としても活動中で……』
《まぁ、ありがたくはあるんだけどね。結果的にいい宣伝になってるし》
《”募金活動”のことか?》
俺は親善大使として、ときどきチャリティー配信を行っている。
そこへ大量の寄付が集まっていた。
《ワタシもやってるぞ! 募金配信!》
《言われなくても知ってるよ。わたしがおーぐの配信をチェックしてないわけないでしょ》
《ムフーっ!》
あんぐおーぐがうれしそうに鼻を鳴らす。
いや、今のは”あんぐおーぐ”へ言ったもので……と説明し出すと長くなるので、諦める。
《けど、ワタシもイロハの件がなかったら、MyTube上で募金活動ができるなんて知らなかったぞ》
じつはMyTubeには”ギビング”という機能がある。
あまり知られてはいないが、自分の動画や配信から募金してもらえるように設定ができるのだ。
なんでも今回の件をきっかけに、その機能もずいぶんと知名度を上げたらしい。
あんぐおーぐ含め、ギビング設定をしたチャリティー配信をしてくれるVTuberも、かなり増えていた。
《フハハハ! どうだ、世界め! イロハはすごいだろ! もっと褒めたたえてもいいんだぞ!》
《なんで、おーぐが自慢気なのさ。それに、わたしも大したことはしてないよ》
そもそも、世界へ貢献するなんて簡単だ。
なにせ、寄付は0円からでもできるのだから。
その方法はいたってシンプルで、NPO法人の動画を再生するだけ。
チャンネルの収益は寄付へと回されるからだ。
だから、たとえば見るものがなくなったときなど……。
その中から興味のある動画を再生してみるだけで、簡単にちょっと”いいこと”ができてしまう。
みんなが思っているよりも、ずっと身近に世界は救える。
あなたが今いる、その部屋の中からでも。
《……ん?》
そのとき『ビィー!』と
だれだろう、こんな朝っぱらから。
《おーぐって今日、収録あったっけ?》
《いや? ワタシも心当たりがないなー》
《あ、いいよ。わたしが出る。おーぐは気にせず食べてて》
立ち上がろうとしたあんぐおーぐを手で制し、「はーい」とインターホンの映像を確認した。
瞬間、俺は驚きのあまり「ごほっ、ごほっ!?」とむせた。
そこに立っていたのは……。
『イロハちゃ~ん! やっほ~っ!』『イロハちゃんぅ~! 遊びに来たよぉ~!』
「あー姉ぇえええ!? それに、マイまでぇえええ!?」
俺の叫びを聞いたあんぐおーぐが、驚きのあまりイスから転げ落ちた――。
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