第407話『全否定イロハ』


 俺はあー姉ぇに馬乗りになって、その寝巻へと手をかけていた。

 彼女はわたわたと慌てだしていた。


「いいい、イロハちゃん……あの、その」


「うるさいなぁ、ちょっとはジッとできないの?」


「ひゃ、ひゃうっ……!?」


 いつもは唯我独尊なあー姉ぇだったが、俺の圧に負けたようできゅうっと縮こまっていた。

 俺は乱暴に彼女の裾を引っ張り、衣服をはぎ取りにかかる。


「ふ、服ならお姉ちゃん……自分で脱げるから!? だから、イロハちゃんに手伝ってもらわなくても大丈夫っていうかっ!?」


「じゃあ、なんで俺の服は脱がしたの?」


「それは……」


「というか本当に自分で脱げるの? だってさぁ……あー姉ぇって、なにやってもダメダメじゃん」


「そっ、そんなことないよ!? お姉ちゃんは失敗したことないし!?」


「へぇー、じゃあ見ててやるから……ほら、脱いでみなよ」


「えっ!? ……えっと、イロハちゃん? この体勢のままで?」


「なに? できないの?」


「できなくは、ない……けど」


「じゃあ早くしなよ」


「っ……!」


 あー姉ぇはプルプルと震えながら自分の衣服を掴み……。

 だが、顔を真っ赤にしてそのまま動きを止めてしまった。


「い、イロハちゃん……あんまり見られてると、その……」


「見られてると、なに? それだけで、その程度の簡単なこともできなくなるの?」


「ち、ちがっ……そうじゃ、なく、てぇっ……」


 俺は冷たい目であー姉ぇ見下ろした。

 それから「……はぁ~」と失望のこもったため息を吐きだす。



「――お前って、ほんとダメなやつだなぁ」



「~~~~っ!!!!」


 そう言い放ったとき、ビクビクゥっ! とあー姉ぇの身体が痙攣するみたいに震えた。

 彼女の目が潤み、熱い吐息がその唇の隙間からこぼれだす。


「あー姉ぇってほんとなにもできない無能なんだね。グズでノロマ……他人のやさしさに甘えてばっかり。自分で言ったこともできないウソ吐き。逆になにかひとつでもいいとこってあるの?」


「っ……、っ……! うぅっ……あ、ぁぅぅっ……!」


「なに? 泣いたら許されると思ってるの? ふーん、そうやって被害者ヅラするんだぁ? ……あー姉ぇってほんっとサイテー」


「う、うぅ~~~~っ!?」



「――はぁ、もういいや」



「……ぇっ?」


 俺は興味をなくしたようにスッとあー姉ぇの上から立ち上がった。

 それから、さっさとひとりで浴室に入っていく。


「い、イロハちゃん……どこ、行くの?」


「どこって、見てわからないの? シャワーを浴びに行くんだけど?」


「えっと……ひ、ひとり……で?」


「そうだけど?」


「で、でも今日はお姉ちゃんと一緒に入る約束で……」


「でもあー姉ぇさぁ、脱ごうとしないじゃん。それともなに? 服を着たままシャワーでも浴びるの?」


「そ、そんなことはしないけど」


「じゃあ、なんで脱がないの? 脱がなきゃシャワー浴びられないってわかるよね?」


「う、うぅっ……で、でも」


「あぁ、もういいから。べつに来なくて。ひとりで入るし」


「っ……お、お姉ちゃんはっ――あたし・・・、はっ……」


「いいよいいよ。どうせいてもいなくても一緒だし。だって、あー姉ぇってなんの役にも立たないじゃん」


 俺はそうあー姉ぇを見下して、言い放った。

 次の瞬間、ボロボロと彼女の両目から涙がこぼれ、子供みたいにわんわんと泣き出した。


「うわぁあああん! ご、ごめんなさいイロハちゃん~! あたし、がんばるからっ……だから、捨てないでぇっ……。な、なんでもするからぁっ……!」


「……ふぅん? 本当に? できるの?」


「で、できるぅっ……! ひっぐっ……ぐすんっ……」


「あっそ。じゃあ、証明してよ」


 あー姉ぇはコクリと頷くと立ち上がって、己の服の肩紐へと手をかけた。

 それから真っ赤になった顔で言う。


「い、イロハちゃん……見てて、ね?」


 肩紐が外れ、ストンとあー姉ぇの着ていた寝巻が床へと落ちる。

 下着姿になった彼女に俺は言う。


「なんで手で隠そうとしてるの? まっすぐ立って」


「……っ! ……は、はい」


「ほら、まだ残ってるのがあるでしょ? 早くしてくれない? のんきに服を着てるあー姉ぇとちがって、俺はもう全裸で寒いんだけど」


「っ……ご、ごめんねっ……そうだよねっ」


 俺はまるで標本でも観察するみたいな目を向けながら、淡々と続きを促した。

 しかし、なぜかそんな視線に晒されているはずのあー姉ぇは、頬の紅潮が濃くなって、息も荒くなって……。


「……っ」


 焦らすみたいにゆっくりと、彼女のブラジャーとパンツが彼女の肌を離れ――そうして、ついにあー姉ぇは一糸まとわぬ姿となっていた。

 彼女の肌に俺の視線が突き刺さる。


「……んっ……はぁ、……んんっ」


 あー姉ぇの口から小さな吐息がこぼれていた。

 まるで視線に感触でもあるみたいに、俺の目の動きに合わせて彼女の身体がピクリ、ピクリと震える。


「イロハちゃん……あたし、ちゃんと脱げた、よ?」


「なに言ってるの? 服を脱げたくらいで褒められるとでも思ってるの? 赤子じゃあるまいし」


「そ、そうっ……だよねっ……」


「ほら、早く来て」


 言って、あー姉ぇにも早くお風呂場へ入るように促す。

 それから俺は床を指さした。



「――イス」



「ぇ?」


「早く跪いてイスになってくれる?」


 俺はそうあー姉ぇに言い放った――。

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