第241話『同窓会』
「ほら、イロハちゃんぅ~。そろそろ遅刻しちゃうから行くよぉ~?」
「うへぇ~、面倒くさい」
「もぉ~! そんなこと言ってないで、早くぅ~」
マイに腕を引かれ、外へと連れ出される。
できることならサボりたかったが、許してくれそうにない。
「……暑い」
「はいはい、お店に入ったら涼しいからねぇ~」
もう8月末、しかも夕方すぎ。
しかし、むわっとした熱気は今なお健在だった。
俺もアメリカのカラッとした夏に慣れすぎたのかもしれないな。
まぁ、向こうは向こうで乾燥しまくってるから、今度は加湿器が手放せなかったりと一長一短なのだが。
「みんな、イロハちゃんに会えることを楽しみにしてるんだからねぇ~?」
「そう言われても」
俺はとくに会いたい人がいるわけでもないし、配信を見ていたほうがずっと有意義だ。
それどころか……。
「どうかしたの、イロハちゃんぅ~?」
「いや、なんでもない」
俺は首を振って思考を打ち切った。
店はほど近い場所にあり、すぐに到着してしまった――。
* * *
「というわけで、再開を祝して……カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
ジュウっ、と焼かれる肉の匂いと、タレの甘い香りが大部屋を満たす。
同窓会の会場は焼肉屋だった。
「イロハちゃん、ひさしぶり~! きゃ~、相変わらずちっちゃくてかわい~!」
「おう、ひさしぶりだなー。全然変わってねーんだな」
声をかけられるが、だれがだれだかさっぱりわからない。
元からあまり覚えてなかったのもあるが、それ以上にみんなの変化が大きすぎるのだ。
子どもの成長ってのは早いもんだなぁ。
2年も経つと、みんな別人に見える。
「ちょっとみんなぁ~、一斉に話しかけたらイロハちゃんも困っちゃうよぉ~」
「あっと、ごめんね~」
「悪いな。そうだイロハ。おれ、お前にもらったウクライナ語のプリント、今でも……」
俺の頭上でマイたちが言葉を交わしている。
ひさしぶり、というにはやけに親しい様子で……と、すこし離れた席の会話が耳に入ってくる。
「そーいやオレら、中学上がってから全然、話さなくなってたなー」
「まぁクラスもべつだったしなー」
あぁ、そうか。今さら気づいたが、ほとんどみんな同じ中学に進学してるのか。
だからこそ、俺を含めた中学受験組へと注目が集まっているわけで。
「イロハ、今ってお前は……」
「そうだね、わたしは今……」
「――おっそーい!」
答えようとしたとき、入り口あたりの席で声が響いた。
だれかが大部屋に入ってくる。
瞬間、みんなの視線がそちらに集中した。
あるいは美しさに目を奪われた、という表現のほうが近いかも。
近くに座っていた男子なんて、とくに顕著だった。
彼女が帽子を取ると、銀色の長髪がさらりと流れ……、そして。
「ごめんナサイ、遅くなッテ。……ア!?」
「……あ!?」
俺と彼女の視線がぱちくりと合った。
お互い、完全に固まっていた。
俺の全身からダラダラと汗が流れだす。
と、横合いから遅刻を揶揄して彼女へジョークが飛んだ。
「なぁに~? 今日も”転校”してきたの~?」
「も、モウ~。何年前の話をしてるんデスカー」
彼女が……いや、元・転校生が再起動する。
俺はスーっと視線を逸らした、が。
「ほら、マイちゃんの近くの席、開けてあるから。早く座りなよー」
「エッ!? ……アッ、ありがとうございマス」
すぐそばに元・転校生が腰を下ろしてくる。
俺はしばし考え、笑みを作ってあいさつした。
「ひ……ひさしぶり! 2年振りかな!?」
「そ……そうデスネ!? おひさしぶりデス!?」
「ふたりともぉ~、それはさすがにムリがあるんじゃないかなぁ~?」
「イヤー!? 言わないでー!?」
「ごめんなサイ、イロハサマー!?」
俺と、そして”イリェーナ”は揃って顔を覆った。
いや、本当は薄々気づいていた。
オフコラボで顔を見てしまった瞬間、彼女が顔見知りだと。
だが、それでも知らないことにしておきたかったのだ。推しの正体なんてものは!
「うぅっ……あー姉ぇに続き、まさか、また知り合いが推しだったなんて」
「ワタシも申し訳ありまセン。イロハサマがそういうことを望まれないとわかっていたノニ。じつは先日、素顔を見られてしまったノデ……今日、この場に来るかどうかも本当に悩ンデ」
「そっか。それで今日、遅れて」
そこまで友だちを……いや、推しを? 悩ませていただなんて。
脳がちょっとバグりそうだが、これはもう受け入れるしかないかも、と思っていたら。
「いやいやぁ~、本当はバレたがってたクセにぃ~」
「ウッ!? そ、そんなことありまセンガ!?」
「そうだよねぇ~。自分としてはバレてほしいけど、イロハちゃんのことを考えると……ってジレンマに苛まれてただけ、だもんねぇ~」
「チョット、マイサン!」
ふたりがいがみ合っていた。
そこへヤジが飛んでくる。
「相変わらず、仲いいねーふたりとも」
「仲良くなんてないよぉ~!」「だれがマイサンなんかト!」
いや、むしろ息ぴったりなのでは?
そうか。考えてみると、ウクライナに帰らなかったのなら……。
「イリ……ごほんっ。元・転校生もマイと同じ中学に?」
「学校どころかふたりはクラスもずっと一緒の、仲良しコンビだもんねー?」
「だから、ちっがぁ~う!?」「全っ然、ちがいマス~!」
「けど学校終わり、しょっちゅうお互いの家に行ったり……」
えっ、そんなことしてたの!?
俺、全然知らなかったんだけど……。
なんだろう? ちょっとだけ疎外感が……いやいや、そんなはずは。
俺は周囲から弄られているマイとイリェーナのふたりを眺めていた――。
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