第80話『日本言語学オリンピック』

 俺は最近、とある男子生徒に絡まれるようになっていた。


『イロハぁあああ! ボクと勝負しろぉおおお!』


「あ~、えーっと。なんとかクン」


『まさか、まだ覚えてないのか!?』


 ガクッ、とその男子生徒が膝から崩れ落ちた。

 なんというか、動きが騒がしいな。いや、読唇しているのに騒がしい、というのもおかしいが。


 その男子生徒は、いつだったか俺に告白してきた元四天王だ。

 名前を覚えられないのは、ほんとスマン。


 たぶん、あまりにも興味がなさ過ぎたせいだな。

 うん? つまり俺は悪くないのでは?


 VTuberになってから出直してきてくれ。一瞬で覚えるから。

 美少女になってくれていると、なおよし!


『と、とにかく勝負だ! イロハ、キミも”JOL”にはエントリーするんだろう?』


「いや、しないけど」


『そうだろうそうだろう。学校側からも宣伝されてるし、語学力の高いウチの学校のやつらは大体エントリーして――えぇえええ!? しないのかい!?』


 JOLとは日本言語学オリンピックの略だ。

 理論言語学や計算言語学、応用言語学なんかが出題されるコンテスト。


 毎年、夏に行われている中高生向け国際科学オリンピックのひとつ。

 まぁ、算数オリンピックの親戚だとでも思ってもらえばいい。


 JOLかぁ。たしかに学校から案内があった。

 が、なんで俺がそんな面倒なもんに参加せにゃならんのだ。


『ふ、ふふ……そうか。イロハ、キミは自分より語学力の高い人となら付き合ってあげてもいい、と言っていたね?』


「!?!?!? 言ってないが!?」


『なに、気にすることはない。ボクにも気持ちはわかる。才能がゆえの孤独、というものがね!』


「待って? 勝手に話を進めないで?」


『大丈夫、キミの孤独をわかってあげられるのはボクくらいのものさ。たしかにキミにはママのようなおっぱい・・・・は足りてないが、許そう。だから今度こそボクと付き合おうじゃないか! そのためにもエントリーを……』


 俺は伸ばしてきた手をパシッとはじいた。

 ええいっ、うっとうしい。


 にしてもコイツ、これだけ無下に扱われてるのにメンタル強い……というか、しぶといな!

 ここまで来ると、さっさと相手してしまったほうが早く終わりそうだ。


 ……はぁ、仕方ない。

 1秒でも長くVTuberを視聴するためにも、最善を尽くそうじゃないか。


「エントリーなんてしなくても、この場で叩き潰してあげる」


 俺はそう、挑戦的な視線を送った。

 男子生徒は「待ってました!」とばかりに問題集を取り出した。


 近くにいた生徒がそれを受け取る。

 無作為に選ばれた問題が提示され、勝負がはじまった――。


   *  *  *


 第1問.インドネシア語


 jalan→道

 berjalan→歩く

 berkeringat→汗をかく

 keringatan→汗びっしょり

 nafas→息

 duri→とげ


 Q1.keringat を日本語に訳せ

 Q2.「息をする」をインドネシア語に訳せ

 Q3.「とげまみれ」をインドネシア語に訳せ






 俺は即答した。


「Q1.汗、Q2.bernafas、Q3.durian」


『くっ、やるな! 解かずともインドネシア語はお手のもの、というわけか!』


 さすが天才。察しがいい。

 この問題は本来、同じ単語を抜き出し、その変化から文法を特定し、逆算的に答えを導くことを想定されたパズルのような問題だ。


 しかし、悪いな。

 インドネシアには大手事務所の支部があり、推しが多い。ゆえにインドネシア語は学習済みだ。


 解くまでもない。

 言っとくが、これはズルじゃないぞ。


   *  *  *


 第2問.スワヒリ語


 nilipika→私は料理した

 anapika→彼は料理している

 ninajenga→私は建てている

 ???→彼は建てた


 Q.???に当てはまる単語は?






 またしても瞬殺だった。


「alijenga」


『バカな!? いくらなんでも早すぎる!?』


 なんかリアクション、バトルものの様相を呈してきてない?

 まぁ、いいけど。


 教室でやっていたものだから、だんだんとギャラリーが集まってきている。

 ざわざわと外野が驚きの声をあげていた。


『イロハ神はスワヒリ語まで習得済みなのか!?』


 さ、さーて、どうだろうなー!?

 俺は誤魔化すように「次の問題を」と急かした。


   *  *  *


 第3問.トンガ語


 valu ono = 86

 tolu × tolu tolu = hiva hiva

 taha tolu × fitu noa = hiva taha noa

 ua nima × fā = taha noa noa


 Q1.324をトンガ語に訳せ

 Q2.1228をトンガ語に訳せ

 Q3.fitu ua valu を算用数字に訳せ






 最後の問題も一瞬だった。


「Q1.tolu ua fā、Q2.taha ua ua valu、Q3.728」


『はぁあああ!? トンガ語だぞ!? っていうかトンガ語ってなんだ!? ボクだって知らないぞ! まさか、こんな言語まで習得済み……いやいや、さすがにそれはありえない!』


 あぁ、ありえない。

 俺だってこんな言語、初見に決まっている。


『最初の2問ならまだわかる。だがこの問題は、いくらなんでも一瞬で解けるような難易度じゃない。いったいどうやって解いたんだ? いや、そもそも解いていない? なにかトリックがあるとか? やはり、これは……』


 いやはや、まったくもって鋭いな。

 男子生徒の言うとおりだ。


 俺はこの問題を解いていない。

 そして、この言語についてもついさっきまで知らなかった。


 すなわち――今、覚えた。

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