第79話『逸般的な中学生活』

『イロハ! キミをボクの彼女にしてやる! 付き合ってやってもいいぞ!』


 中学校の教室。

 俺は唐突に、男子生徒から告白されていた。


 はいぃいいいいいい!?

 いきなり、なにごと!?!?!?


 いや待て、俺の間違いかもしれない。

 だって趣味が悪すぎる。


『おい、ボクが付き合ってやるって言ってるんだぞ!』


 あ、間違いじゃなかった。

 というか、この男子生徒も不憫というかなんというか。

 自分がじつは男に告白しているとも気づかずに「結構です」。


『なっ、なんでだぁあああ!? バカな、このボクがフラれるだなんて!』


 あっ、無意識に断ってしまっていた。

 相手の男子生徒は断られると思っていなかったのか、目も口も丸くしていた。ていうか――。


「そもそも、だれ?」


 あ、ちょっと待って。やっぱりどこか見覚えがある気がする。なんだっけなー。

 と考えていたら、男子生徒がガクガクと震え出した。


「ちょ、ちょっと大丈夫?」


『……び』


「び?」


『びえぇええええええん! ママぁああああああ!?』


「えぇぇ……?」


 男子生徒は泣きながら走り去ってしまった。

 な、なんかごめん?


 けど、よく知らない相手から、それもまわりに人が多い状況で告白なんて異性でも困ると思うぞ。

 こういう失敗から学んで、男は強くなるのだ。


『さすが四天王イロハ強い』


『言ったでしょ、イロハ神は恋愛になんて興味がないのよ!』


『しかも、相手があのマザコン四天王じゃねぇ。あ、だった』


 周囲の生徒たちがざわざわとウワサしている。

 って、あ~~! ようやく思い出した! 今の、元四天王か!


 俺と交代で、四天王の座から転落してしまった人。

 ま、ますます申し訳ない……。


 なんだろう。俺――というかイロハには、不憫な人に好かれる属性でもあるのだろうか?

 え~、それはちょっとイヤだな。


『つーか、”イヤホンすら外さないまま”フラれてんじゃねーか』


 と、クラスメイトのひとりが言った。

 俺は「やべっ」と視線を逸らす。突然のことでイヤホンを外すのを忘れていた。


 最近は学校でもイヤホンをしたまま過ごすようになっていた。

 そして、イヤホンをしたままでも人がなにを言っているのか、わかるようになってしまっていた。


 そう、今の俺は――”読唇”すら可能だ。


 当然、最初からそうだったわけではない。

 能力の暴走を抑えるために、とイヤホンで聴覚情報を遮ったところ、今度は視覚情報から無差別な学習をしはじめたのだ。


 能力はもはや俺の意思を無視して、勝手にインプットを行うようになっていた。

 そして、いくらなんでも目を閉じながら生活はできない。


「……うっ」


 クソ、まただ! 頭が熱くなってきやがった。

 俺はすこしでも負担が少なくなるように、と机に顔を伏せた。


   *  *  *


 そんなことのあと、あっという間に日々は過ぎていった。

 その間にあったことといえば――。



 たとえば、授業参観。


 おそろしいことに、周囲……私立中学の親はみんなすさまじい高給取りだった。

 医者や弁護士、政治家や官僚……あとはやたらと人種が国際色豊かだったりした。


 医者は外科、内科、小児科、産婦人科……と取り揃えており、この学校の親だけで総合病院ができそうなほど。

 外務省で外交官をしている人も多いようで、主要国はすべて網羅していた。


 そんな状況なので母親は浮いており……というより沈んでおり? ずっと挙動不審だった。

 帰ったら「なんなのあの人たち~!? みんなすさまじいオーラ放ってたんだけど!?」と泣きついてきた。


 うんうん、怖かったね。

 だからといって「猫を飼って癒さなきゃ」なんて必要はないからね?


   *  *  *


 あとはそう、定期考査。


 いよいよそれが開催された翌週のこと。

 点数を読み上げられながら、上位から順にテスト返しが行われた。


 進学校だけあってテストの点数と待遇はイコールだった。

 たとえば90点台の人にテストを返すとき……。


「よくがんばった! これからもこの調子でいけ!」


 と、教師はニッコニコの笑顔で激励してくれる。

 しかし、これが60点未満となってくると……。


「みんな、覚えておけ。コイツらが今回、平均点を下回ったバカだ」


 と、教壇の前に立たされる。

 悪い点数を取った生徒はもちろん、それを見せられる側の生徒もいたたまれないったらありゃしない。


 え? 俺はどうだったのかって?

 ……はい、立たされました。1教科だけ、だが。


 しかし、意外にも教師はやさしかった。

 同級生からの視線も痛ましいものを見る、といったものではない。


 なぜなら、英語ではまっさきに名前を呼ばれていたからだ。

 進学校だけあってテストの難易度も尋常ではなく、1教科でも90点以上を取っていると、同級生や先生が一目置いてくれるのだ。


『まぁ、あいつにはほかの科目があるからな』


 といった風に見逃してくれる。

 本当に実力主義なのだ。


 また、総合成績が掲示板に張り出されていた。

 学年の上位100名が、点数とともに名前を記載されていた。


 なんでも、この学校でその”百傑”に入っていれば、第一志望への合格は固いという。

 俺はというと、ギリギリではあるが百傑に入っていた。


 教壇の前に立たされたとは思えないほどの好成績。

 その原因はここ1ヶ月で、国語と、代数や幾何がメキメキと伸びたことにある。


 いずれも問題文を”読み解く”力が求められる教科だ。

 ……間違いなく、俺の能力が勝手な学習を行った影響だった。


   *  *  *


 最後にもうひとつ。


『イロハぁあああ! ボクと勝負しろぉおおお!』


「うわ、また来たよ」


 俺は最近、ひとりの男子生徒に絡まれるようになっていた。

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