第99話『24インチの向こう側』
あんぐおーぐが電話越しに、大きなため息を吐いた。
そんなにおかしなことを聞いただろうか?
《あー、ほら。だって第3次世界大戦が起こるかもって状況でしょ? さすがに、こんな状況じゃ選挙もなにもないんじゃないかなーって》
《いや、選挙はすると思うぞ》
《そうなの?》
《というか、やめられないと言ったほうが正確かも》
話を聞くに、日本とアメリカじゃ選挙の仕組みがちがうらしい。
アメリカでは選挙は、丸々2年間かけて行われるとのこと。
費用も1陣営あたり、1000億円ほどがかかっているそうだ。
2大政党、合わせて2000億円にものぼるとのこと。
《さすがアメリカ。とんでもない規模だね。そりゃあ、やめられないわけだ》
《あとは『アメリカは動じてない』ってアピールもあるのかもだけど》
《あー、それはすごく納得》
聞けば、こういったことは歴史上、過去にもあったそうだ。
具体的には第2次世界大戦中、アメリカではそのまま大統領選挙が続行されたとのこと。
正直、こんな状況でも選挙だなんて。
《――バカバカしい、か?》
《まぁ》
《ワタシも、言いたいことがわからないでもないケドな》
あんぐおーぐは今ごろ、眉をハの字にしているのだろう。
同意できる部分も、できない部分もあるといった雰囲気。
このあたりの差は、俺が日本人だからだろうか?
お国柄というやつなのかもしれない。
《なぁ、イロハ……》
懇願するような声。
あんぐおーぐの母親はそれだけ追いつめられている。
そして、あんぐおーぐ自身も真剣に悩んでいる。
俺には『選挙の敗北=世界大戦』という構図はまだ、どうにもイメージしづらい。
それに、自分に大したことができるとも思わない。
けれど、ひとつだけ明確なことがあった。
それは今、俺の前で推しが困っている、ということ。
推しを助けるのに、なにをためらう必要があろうか!?
全力を尽くさない理由があろうか!?
《――世界のひとつやふたつくらい、
俺はそう宣言した。
まぁ、そのくらいの意気込みで、ってだけだがな。
だって、そもそも……。
《おーぐママを助けるったって、なにすりゃいいんだ?》
皆目、見当すらついていないのだから。
そのあたりはあんぐおーぐに考えでも……うん?
《おーい、おーぐ? おーぐぅー? おーい!》
《……ふぇっ!?》
電話の向こうから、酷く慌てた様子が伝わってきた。
え、急にどうした?
《なにかあったのか?》
《だ、だってイロハ、さっきのはオマエ、いくらなんでも、その》
《なんだよ。はっきり言えよ》
《もはや、プロポーズじゃないか!?》
《んなわけあるかぁあああ!》
思わず、全力で叫んでしまった。
階下や階上から、踊り場にいる俺をほかの生徒たちが覗き込んでくる。
俺は声のボリュームを落とした。
《んなわけ、あるか》
《けど追い詰められてる状況で、あんなこと言われたらだれだって……。イロハ、オマエあーゆーのは絶対、ほかのヤツに言うなよ?》
《……?》
《わかったら、返事!》
わけがわからん。俺はいつもどおり推しについて語っただけだ。
そうでなくとも――すべての人類は推しのためなら命が惜しくないはず!
けどまぁ、あんぐおーぐって変わった感性してるしなー。
というか人気VTuberはみんなそうだ。だからこそ注目を集めるわけで。
あるいは推す側と推される側の差かもしれないな。
ここは適当に話を合わせてやるか。
《あー、わかったよ。言わない。っていうか、もともと――
よし、これで一件落着……。
《イロハ、結婚しよう》
《なんでそーなる!?》
電話口から「はぁ、はぁ」と荒い息が聞こえてくる。
うわっ、気持ち悪ぃ!?
《い、イロハ。じつはちょうど今月アメリカで”結婚尊重法”ってのが成立したんだ。それによって同性婚の権利保護が……》
《コワいコワいコワいっ! 今はわたし、戦争よりおーぐのほうがコワいんだけど!?》
俺の発言でようやく「ハっ」とあんぐおーぐが我に返る。
ブー垂れた声で言ってくる。
《けど、イロハが悪いんだからな。オマエ、ワザとだろ。ワザとやってるんだろ! ワタシは今すっごく心が弱ってるんだからな? 言ったからな? 次やったら、責任取らせるから。あとでどうなっても知らないから》
《はぁ》
《それに今だと国際結婚になるし、イロハもまだ未成年だもんな》
《おい待て》
そういえば小学校のときの転校生も、やたらソッチ方面詳しかった記憶が。
え、なに。女子のあいだでは常識だったり――するわけねぇな!?
《ともかく。ワタシたちがすることなんて、いつだってひとつに決まってるぞ》
《……推しの配信を見ること?》
《ちがわい!?
* * *
「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす!」
>>イロハロ~
>>イロハロ~
>>今日もイロハちゃんの配信があってうれしい
わずか、24インチ。
小さなたったひとつの窓から、世界を救うための作戦は開始する――!
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