第98話『逢引は踊り場で』

 ――数日後。

 久しぶりに中学へ登校した俺は、クラスメイトたちからすさまじい質問攻めに遭っていた。


「イロハ神、アメリカ行ってたんだろ?」


「イロハ神、向こうは核の影響どうだった?」


「イロハ神、リアルタイムで経験したんだよねっ?」


 うわっ、そうだった!

 最近あまり話していなかったから忘れていたが、こいつらそーゆーやつだった!


「あー、えー、まぁこっちに比べると混乱大きかったかも」


 俺は若干、ヒキながら答える。

 というか、こういうときに暴動が起こらない日本のほうが変なのだろう。


 ……んんん!?

 ちょっと待て!?


「なんでわたしが、アメリカに居たことを知ってる!?」


 俺、学校のやつらには伝えてなかったはず。

 まさか……!?


「え? それは――」


「ほらっ、それは! その、先生が言ってたし!」


 シーン、と教室が静まり返った。

 妙な緊張感が満ちていた。


「なーんだ! そういうことか!」


「「「ほっ」」」


 たしかに先生には、仕事で学校を休むからとざっくり説明していた。

 それでなのかー。


 きっと、だれかが先生に質問でもしたんだろう。

 さすがにこの騒動の中で、クラスメイトが何日も登校しなかったら気にもなるもんなー。


「ははは……」


 頼む、そうであってくれぇ!

 クラスメイトのみんなが視線を逸らしているのは気のせいであってくれぇえええ!


 みんなの「バレなくてよかったー」「マナーだもんねー」「あんた次、不用意なこと言おうとしたらウチのクラス出禁だから」なんて声は聞こえてない!

 聞こえてないったら、聞こえてない!


 と、スマートフォンが震えた。

 メッセージじゃなくて電話? この時間帯にとは、珍しい。


 俺は「ちょっと失礼」と言って人の輪から抜け出した。

 決して空気に耐えかねて逃げたわけじゃないぞ!


 階段の踊り場で『応答』をタップする。


《どうかしたのか?》


 俺がそう尋ねると同時、電話口の向こうから嗚咽が漏れはじめた。

 彼女の声は震えていた。彼女は泣いていた。


《ワタシ、ママが……! けど、なにもできなくて。イロハ、ワタシどうしたら!》


《わかった》


 俺は理由も内容も聞かなかった。

 ただ『やるべきときが来た』という感覚だけがあった。


《言ったでしょ? わたしは、おーぐの味方だって》


《〜〜〜〜! ありがとう、イロハ! じつは――》


 あんぐおーぐは俺が帰国して以降、アメリカで起きたできごとを話してくれた。

 それは国連安保理で緊急会合が行われた、直後のことだったという。


 各国の大使が集まった話し合いは、結局はののしり合いにしかならなかった。

 アメリカは被災地・・・であるウクライナへ救援活動を行い、お茶を濁そうとしたがそうはならなかった。


 そのあたりは現大統領の意向もあっただろう。

 なるべく穏便に済ませたい、という。


 そこをあんぐおーぐの母親と対立している、男性の大統領候補が突いた。

 曰く――《吾輩が大統領となったあかつきには、ロシアを徹底糾弾する!》と。


 《弱気だ!》とアメリカ国内から現大統領に非難が集まっていた、その瞬間だった。

 現大統領と同じ政党に所属しているあんぐおーぐの母親は、完全にしてやられた形だ。


《NATOの信念を忘れたか!? ”アタック・オン・ワン、アタック・オン・オール”! ウクライナはすでに我々の仲間である! 吾輩は決して中小国を見捨てない!》


 その強気な発言はアメリカ国内含め、中小国やその出身者にもウケた・・・

 拮抗していたはずの2大政党の戦況が、一気に傾いた。


 アメリカは世界でもっとも外国人の割合が多い国だ。

 その数、じつに16%にも及ぶ。


 当然、それに比例して外国人を友人や知人に持つアメリカ人も多い。

 それはもはや、選挙の結果を左右してしまえるだけの差となる。


《我々はロシアに対し、同等の・・・報復を行うべきだと考える!》


 男性候補はそう、核の使用をほのめかしていた。

 彼の所属する政党は元々、ロシアに対して攻撃的なスタンスを取っていた。


 その発言は一歩踏み込んでいるとはいえ、これまでの活動の延長線上にあった。

 しかし……。


《おーぐママはそうはいかない、か》


《そういうこと。追いかけるようにママも「ロシアには厳しい経済制裁をはじめとした対応を――」って声明を出したけれど》


 もとより穏健派だ。

 そんな《核を撃ちこむ》なんて強いことは言えず、しかも後出し。


 完全にかすんでしまった。

 どころか前大統領とまとめて《弱気だ!》と叩かれる結果になってしまったそうだ。


《テレビの前では平然としてるけど、ママは日に日にやつれてる。それで……この前、寝室に行ったら言ってたの。うわごとで「このままじゃ世界大戦が起こる」「ヤツらは意図的に・・・・戦争を起こそうとしている」って》


 俺はあんぐおーぐの発言を脳内でかみ砕いていた。

 つまり……。



 ――あんぐおーぐの母親が選挙で負ければ、第3次世界大戦が起こる?



 そんなことが……。

 そして俺は、ずっと気になっていたことを問うた。


《えっ、アメリカってこんな状況でも選挙すんの!?》


《今さらソコ!?!?!?》


 電話の向こうで、あんぐおーぐがズッコケたのがわかった。

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