第97話『空港ヒーロー』
外国人が受付のお姉さんになにかを必死に訴えかけている。
あれは、パンジャブ語か。
インド共和国の公用語のひとつだ。
受付のお姉さんは言葉がわからず、困っている様子。
とはいえ、そのうち解決するだろう。
パスポートを見せれば母国がわかる。
ヒンディー語でもインド英語でもないが、そこまでマイナーな言語でもないし……いや、マイナーなのか?
チートじみた翻訳能力のせいで、そのあたりの感覚バグってるからなぁ。
ともかく、しらみつぶしにスマホで翻訳すればそのうち……。
その、うち……。
と思っているうちに、どんどん列が後ろへと伸びていた。
《早くしろ!》
【こっちは急いでるんだ!】
うしろの客が苛立ったように声を上げはじめる。
空港側もいろいろとパンク気味らしい。ヘルプが入る様子もない。
「あー、ったく」
「イロハちゃん、どこへ行くの!?」
「ちょっと、人助け」
こういうのは俺のキャラじゃないのに!
俺は列の脇から受付へと駆け寄った。さっさと解決して帰ってしまおう。
[おじさん、どうしたの? え? パンジャブ語でしょ? うん、わかるわかる。あー、了解。「お姉さん、なんかこの人、通訳とはぐれた上にスマホが故障したみたいで――」]
それからいくらかのやり取りを得て、問題が解決する。
外国人旅行者は[ありがとう!][ありがとう!]と繰り返し礼を言いながら去って行った。
なんだかこんなこと、前にもあったな。
そう、あれは一番最初。日本で迷子の外国人を英語を話していると気づかずに助けたとき……。
最近はこういう、デジャヴに近い感覚が多いな。
前世の自分を目撃してからは、とくに。
「あー、疲れた。って、どうしたのお母さん?」
母親はじっと俺を見ていた。
なにか変なことでも……いや、外国語がペラペラなのはおかしいが、今さらだろ。
「いや、ただね……あんたがそうやって外国語を話してるところを直接見るの、はじめてだったから。あんたがすごいって改めて実感したというか」
「え。そうだっけ?」
言われてみれば、母親が知っているのは配信や英語面接くらい。
こうやって直接、だれかと外国語でやりとりするところを見せたのははじめてだ。
まぁ、ともかくこれで一件落着。
さっさと家に帰って――。
{アノ、スミマセン}
「……あ~」
振り返るとそこには、困り果てた様子の外国人一家が立っていた。
どうしたものか、と頭を掻く。
「行ってきなさい」
「え?」
俺は思わず声を漏らした。
母親は「あんまりこういう考えかたをするのは好きじゃないんだけど」と前置きしてから述べる。
「人には生まれながらにして、あるいは生きていく過程でなにかしらの天命を得る」
え、なに急に。宗教?
困惑していると「ちがうわよ」と釘を刺されてしまった。声に出てたらしい。
「あんたにはやるべきことがある。あんたにしかできないことがある。――そう言ってるだけよ。だから遠慮なんてせず、行ってきなさい」
いや、そうじゃなくてめんどくさ「マイたちも、お母さんとお父さんに遅れるって連絡入れておくねぇ~」あっ、ハイ。
これ断れない感じのやつですね。
「わかったよ」
俺は諦めて、外国人一家の通訳を引き受けた。
そこからまるで連鎖するかのように、次々と相談を持ちかけられてしまう。
言語のトラブルで困っていた人は、ほかにも大勢いたらしい。
最終的には、俺は受付の横で補助員のような活躍をしていた。
受付のお姉さんはポカンと口を開けてこちらを見ていた。
* * *
俺はヘトヘトになって、車の後部座席で横たわっていた。
のだけれど、ビミョーに休まりきらない。
「うぇへへぇ~、どうかなイロハちゃん? マイの太もも気持ちいいぃ〜?」
「いや、むしろこの体勢、寝づら……って、あっぶねぇ!? おい、よだれが降ってきたぞ!?」
「じゅるるぅっ。ごめん、ついぃ~」
「はぁ、ったく」
しっかし、受付のお姉さん驚いてたなぁ。
まぁ当然か。こんな子どもが、次から次へと外国語を使い分けるんだから。
俺もああいう状況になって改めて、自分が想像以上に多くの言語を習得していたことに気づいた。
そして、それでもわからない言語がちらほらあったことに世界の広さを思い知らされた。
そりゃ、世界がまとまらないわけだ。
多くの言語があるということは、それだけ考えかたや感じかたがある。
言語は文化だ。文化とは思想だ。思想とはクオリアだ。
だからこそ今、世界は割れているわけで。
もしもすべての人類が分かりあえるとすれば――分かりあえ
それこそ神代のお話、バベルの時代のお話だろう。
だから……。
「どうしたのイロハちゃん?」
「え?」
「なんか笑ってる? みたいな気がしたからぁ~」
俺が? 自覚がなかった。
けれど言われてみれば、たしかに。
人助けなんて、余計な体力と時間を費やしてしまうだけ。
そのはずなのに、なぜだろう? 不思議と今の俺は、充足感を覚えていた。
なんというか、この行動は”答え”に近い気がした。
俺がずっと感じていた『やらなければならないこと』『やり残していること』に。
そう、
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