第96話『日本帰国』
あんぐおーぐとの別れから十数時間後……。
俺はぼうっと飛行機の窓から外を眺めていた。
となりでは、あー姉ぇたちがぐっすりと眠っている。
”やり残したことがある気がする”。
その感覚はいまだ俺の中でわだかまり続けていた。
「前世のこと、とか?」
小さく呟いてみる。
俺の遺体は無事に発見され、そのままアメリカ国内で荼毘に付されたそうだ。
あっという間に埋もれてしまったが、そのことは小さくニュースにもなっていた。
『アメリカで日本人旅行者がひとり、今回の騒動に巻き込まれて死亡した。一部の市民が核攻撃の恐怖からパニックを起こし、発砲事件を――』
まったく、おかしな話だ。
いったいどうやったらパニックで、手足をイスに縛りつけられた遺体ができあがるのかねぇ?
そのあたりのことは一切、情報が出ていなかった。
前世の俺はすでに両親も死去しており、付き合いも文字通りのビジネスフレンドだけ。
いわゆる天涯孤独というやつだった。
だから、そのまま現地で火葬されたことに不満はない。
遺体の引き取り手もいないし、どころか当時は飛行機も飛んでいなかったし。
いや、ぶっちゃけ持ち歩いてたグッズとか家のカギとか回収したかったけどな!
俺のコレクションを取り返したかったけどな!
くそぉおおお! 口惜しいよぉおおお!
いつか、知り合いのフリでもして遺品整理しに行けねぇかな!?
とまぁ、それはさておき。
陰謀めいたものを感じてしまうのは気のせいではないだろう。
「けどなぁ、うーん」
どうにもしっくりこない。
コレクションは惜しいが、ぶっちゃけそれだけなのだ。
ほかの部分についてはそこまで気にしてない。
まぁ、仕方ないなくらいで済ませられてしまう。
「俺はいったいなにが、こんなに気になってるんだろう?」
そのときポコンとメッセージの着信通知が表示された。
差出人はあんぐおーぐだった。
『ママと仲直りできた』
あんぐおーぐからのメッセージはその報告だった。
そうか。彼女は勇気を出したんだな。
『アリガト。イロハのおかげ』
『わたしはなにもしてないよ』
『そんなことない。ママも「イロハさんとはもう一度、できれば
『おーぐママが?』
そんなに感謝されていたのだろうか?
にしては……性格の問題だろうか、圧のある言い回しだな。
苦笑いしたとき、ポーンと機内に音が響いた。
『みなさま、当機は着陸態勢に入りました。シートベルトを締め――』
いつの間にか眼下には、故郷の景色が広がっていた。
もはや懐かしさすら感じる風景だった。
* * *
「んん~ぅっ!」
空港のロビーで俺はぐぐ~っと背伸びした。
身体の凝りを取るついでに、深呼吸もしておく。
ふしぎなもので国によって空気の味ってのはそれぞれちがう。
うん、これは慣れ親しんだ味だ。
空港のロビーでは、あちこちで再会をよろこび抱き合っている人がいた。
どうやら俺たちもその仲間入りをしそうだ。
「イロハ!」「イロハぢゃんぅ~!」
「お母さん、マイ。ただいま」
迎えに来てくれたふたりに、痛いほど抱きしめられた。
最近、こういうスキンシップ多いな。
「って、マイ!? 鼻水ついてるから! わたしの服で拭うな! さっさと離れ――」
「イロハぢゃんぅ~! よがっだよぉ~、無事で、本当によがっだよぉ~!」
「はぁ……、今日だけだぞ」
ぽんぽん、と背中を叩くように抱き返してやる。
そこへ「ヘイヘイヘイ!」と脇からあー姉ぇが歩み寄ってくる。
「ほらマイ! お姉ちゃんだよ! こっちにもカモン!」
「いや、お姉ちゃんのことは心配してないよ? 殺したって死なないでしょ?」
「ヒドいっ!?」
マイはそんな軽口を叩きながらも俺から身体を離し、ぎゅーっとあー姉ぇに抱きついた。
やがて、嗚咽が聞こえはじめる。
俺は背を向け、その光景を視界から外した。
なんとなく、見ちゃいけないような気がした。
「お~、よしよし。心細かったんだね。よくがんばったね」
「うん……! うん……!」
珍しく、マイがあー姉ぇに甘えている声が背後から聞こえてくる。
俺はというと母親に抱きしめられていた。
「よかった。イロハ、あんたが無事で本当によかった」
涙が雨のように、止めどなく降ってくる。
母親はかなりやつれていたが、聞いていたよりもずっと顔色が良い。
それもこれも、マイがずっと支えてくれていたおかげだ。
ほんと、マイには感謝してもしきれないな。今度、なにかお礼をしないと。
……しばらくして。
ようやくマイも母親も落ち着いたころ、マイが「あっ!」と声を上げた。
「お母さんとお父さん、車で待たせてるんだった! 混みすぎてて、停められる場所がなくってぇ~」
「そうね。そろそろ行きましょうか」
みんなで出口に向かって歩いていく。
俺は歩きながら、ついキョロキョロとあたりを見渡してしまっていた。
「どうしたの、イロハちゃん?」
「いや、うーん。日本だなぁ、と思ってさ」
「……?」
すこしばかり、ギャップを感じていただけだ。
周囲の全員が日本語で話しているのが、不思議に感じてしまう。
アメリカに慣れすぎ。いや、こういうのを
人がほかの文化に染まるのに、そう時間を要さないらしい。
と、そんなことを考えていたからだろうか?
ひとつの声が意識にとまった。
[だから、ワタシは国に帰るためには急いで、今日の飛行機に乗らないといけないんだ! だれか言葉がわかる人はいないのか!?]
視線を向けると、外国人が大声で必死に訴えかけていた。
その手には画面の割れたスマートフォンが握られていた――。
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