閑話1『クリスマス~マイ編~』
これは去年のクリスマスのお話――。
* * *
中学受験を間近に控えた12月。
早朝の教室で、俺はせっせと受験勉強を……しているはずもなく、VTuberの配信を見漁っていた。
そこへ横合いから腕が伸びてきて、ガシィッ! と肩を掴まれる。
そのままガクガクと揺さぶられた。
「いいいイロハちゃん、どういうことぉ~!? 今年はマイと一緒にデートできないだなんてぇ~!? これまで毎年、イブは一緒に過ごしてたじゃないぃ~!?」
「あうあうあう!? 酔う! 酔うから揺らすのやめろ!」
俺はしぶしぶとイヤホンを外して視線を上げた。
そこにはマイが、パーティーグッズだろうトナカイの角をつけて立っていた。
今日は12月24日。
すなわちクリスマスイブだ。
「去年までとのちがいといえば……あっ、そっかぁ~。イロハちゃんもきっとクリスマス配信をするんだよねぇ~? だからマイとお出かけできないってだけだよねぇ~?」
「チッチッチ。甘いデスネ! ワタシの情報によると、イロハサマはクリスマスはイブ含め配信枠を取っていマセン!」
話に割り込んできたのは銀髪の美少女。
えーっと……。
「だれだっけ?」
「イロハサマ!?!?!? 転校生! ウクライナからの転校生デスヨ!? 同じクラスの! 忘れちゃったんデスカ!?」
「あ~」
そうだったそうだった。
最近、ずいぶんとコミュニケーションを取っていないような気が……いや、それは合ってるな。
この子、いつも廊下の曲がり角から俺を覗き見してくるだけだし。
今日だけは例外のようだけど。
というかなぜ今日にかぎって話しかけてきたのだろう?
首を傾げていると「ブワッ」と転校生が涙を流しはじめた。
「イロハサマ、イッタイどういうコトデショウカ!? 配信もなく、
「いや、マイは『友人』じゃなくて『親友』あるいは『恋人』――って、殿方!? いいいイロハちゃんぅ~!? どういうことぉ~!? そんな、ウソだよねぇ~!?」
「イロハサマ~!」「イロハちゃんぅ~!」
「やめ……揺ら、うがぁーーーー!」
ふたり合わせて、さっきの2倍の勢いで揺さぶられる。
俺はキレて、マイも転校生もまとめて振り払った。
「ったく。べつに、わたしがクリスマスやイブをどう過ごそうとも勝手でしょうが」
「そう、デスヨネ……ゴメンナサイ。で、でもツラくて、思わず……」
オイオイオイ、と転校生が泣きはじめる。
マイが「そうだぁ~! 酷いぞぉ~! 反対ぃ~!」と便乗してくる。いつもは張り合ってばかりのクセに、こんなときばかり協力しやがって。
「う、ウゥッ……ワタシきちんと日本式のクリスマスを学んで、準備もしてきマシタ。配信に向けて、クチャを作るだけでなく、推しのイラストが描かれたケーキとKFPのチキンを、キチンと予約してきマシタ」
「クチャ?」
「日本でいう”おかゆ”に近い、ウクライナのクリスマス料理デス」
「へぇ~。っていうか待って。イラスト? それ日本のクリスマスじゃないから! 誤解してる! あくまでそれはヲタク文化のクリスマスだから!?」
「ソウなのデスカ? ママも<へぇ~、日本のホールケーキってかわいらしいのね>ってよろこんでマシタガ」
「うぉい、ちょっと待て!? そのケーキ家族で切り分けて食べるのか!?」
「? はい。……ハッ!? 偉大なるイロハサマのご尊顔を食するだなんて、もしや罰当たりデシタカ!?」
「ぬぅおおおぅ~! そうじゃない。そうじゃない、んだけど!」
俺は頭を抱えて悶絶した。
なんだこのむずがゆさは!? もしかしなくとも俺は今、黒歴史の創造に巻き込まれている気がする。
「けど、そうデスカ。あ、アハハ……料理、冷めちゃ――」
「悪かった! わたしが悪かったから!?」
とくに隠していたわけでもないのだが……。
俺は大きく嘆息して答えた。
「だってさ、考えてみ? クリスマスに配信したら――わたしが推しのクリスマス配信を見られないじゃないか!」
「知ってた」「知ってマシタ」
「あれー?」
おい、さっきまでの勢いはどうした。
どうやら、じゃれ合っていただけ……いや、ちがうな。アレは本気の目だった。
「あの、イロハサマ。本当に配信しないのデスカ? きっとファンはみんな、イロハサマの配信を待っていると思イマス」
「……」
「突発でも構いマセン。ワタシは配信、ずっと待機してイマス。イロハサマと一緒にクリスマスを過ごしたいカラ。……あとこれメリークリスマス、デス」
「あっ、こら抜け駆け! イロハちゃん、マイからもメリークリスマスぅ~! ほらっ、イロハちゃん。開けて開けてぇ~!」
急かされ、包装をはがす。
転校生からは手編みのマフラー、マイからは手編みの手袋だった。
「ナンデ、微妙に被ってるんデスカ?」
「むきぃ~! それはこっちのセリフだよぉ~! そっちが被せて来たんじゃないのぉ~!?」
「ナニヲぅ!」
「にゃにおぅ~!?」
ふたりがバチバチとにらみ合う。
こいつらむしろ、めちゃくちゃ気が合ってるんじゃなかろうか?
俺はそう、呆れた視線をふたりへ向けた。
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