第192話『世界を変える方法』
俺は床でジタバタと暴れている強盗犯に声をかける。
彼は取り押さえられつつも、傷の応急手当を受けていた。
《犯人さん、大丈夫ですか?》
《これが大丈夫に見えるか!? 痛ぇ~、痛ぇ~!》
当たりどころがよかったのか、思ったよりも元気そうだ。
あるいはドーパミンで痛みが麻痺しているだけかもしれないが。
《やさしいのね、お嬢ちゃん。けど、いいのよ。こんなやつ心配しなくたって》
《いえ、彼個人を心配しているわけでは。ただ……これは、わたしの信念なので》
女性客が強盗犯に近づく俺を不安そうに見ていた。
さすがに俺も手が届くほどの距離まで近づくつもりはない。
さすがにもう一発は食らいたくないし。
というか、まだほっぺたジンジンする……。
《お嬢ちゃん、本当にごめんなさい。アタシ、あなたを守れなくて》
《どうして謝るんですか。あなたの責任じゃありませんよ。むしろ、赤の他人のはずのわたしを守ろうと力を尽くしてくれて、ありがとうございました》
《……ごめんなさい》
うーん、本当に気にしていないんだけど、よっぽど責任感が強いのか。
そんな俺たちのやり取りを見て、強盗犯が悪態をつく。
《チッ。いいよなぁ、恵まれてるやつは! 他人の心配をする余裕があって!》
《あなたにはいないの? 心配する相手。故郷にご両親がいるんじゃ?》
《どうだろうな。オレが実家に仕送りできなくなって、すぐに連絡が途絶えたからな。今ごろ全員、おっちんでるかもな。もうオレには帰る場所も、家族もいないだろうさ》
前世の俺も天涯孤独だった。
だから、犯罪はともかく、すこしだけ強盗犯の気持ちがわかった。
《わたしもかつてひとりだった。家族も友人もいなかった》
《……お前も?》
その上で、俺と強盗犯には決定的なちがいがあった。
それは――VTuberの有無だ。
《やっぱりあなたは配信を見るべきだと思う。たとえひとりぼっちになったとしても、VTuberは生きる活力になってくれる。心が癒される。そして明日を生きる理由になりうるから》
《だから言ってんだろ。そんなの見る余裕はないって》
《じゃあ、余裕ができたら見てくれるってことだよね?》
それこそが俺がもっとも強盗犯と話したかったことだった。
俺は彼に堂々と言い放った。
《だったら――わたしが世界を変えてみせる》
《はぁ~?》
強盗犯はバカを見るような目をことらに向けていた。
微塵も信じていない様子だった。
《ははっ、お前みたいなガキひとりになにができるってんだ》
《わたしには、なにも。けれどVTuberになら。VTuberは異性にだって動物にだって悪魔にだって……そして勇者や救世主にだってなれる》
《それは設定の話だろ。絵柄が変わったからってなんだってんだ。そんなのは、ただの絵空ごとだ》
《ううん、本気だよ。世界中の人が……どこに住んでいる人でもネット環境が手に入って、VTuberの配信が見られて、そして楽しめるような世界にわたしがしてみせる》
《はんっ。オレたちを救うってか? 世界を変えるってか? 具体的にどうやってだよ》
《それはもちろん愛と友情と正義と――それから
俺は「フンスっ」と鼻息荒く、力説した。
身もフタもない話だが、なにかを成そうとすると先立つものが必要なのだ。
《スーパーチャットって……まさか、本気で言ってるのか?》
《VTuberの言葉は国境を越えて届くんだよ》
俺はそう言って、不敵に笑ってみせる。
強盗犯にもようやく、俺が本気だと伝わったらしい。
《といっても、本当にどこまでできるかはわからないけどね。それでも、できうるかぎり――わたしの言葉を世界中のみんなに届けてみせる。世界中のみんなが聞けるようにしてみせる》
《……ほんと、憎たらしいガキだな。まるであのVTuberみたいなことを言いやがる。だいたいさっきから『わたしが』って……いや、待て。でも、聞き覚えがあるぞ、お前の声。……まさか!?》
《も、黙秘します》
しまった。これは完全にバレた気がする。
VTuber嫌いですら耳にタコができそうなほど、当時はニュースで繰り返し報道されたからなぁ。
《あ~、ともかく。あなたが刑務所から出てくるころには、今よりいくらかマシな世界にしておくから。だから、ちゃんと模範囚してきてね》
《本気、なんだな? 言っておくがオレは重罪を犯したんだ。いったい、いつ出てこられるかもわかんねぇんだぞ》
《えっ、それは困るかも。刑務所の中でも配信って見れたりしないのかな?》
《お前はいったい、なんの心配をしているんだ?》
そこへ空気の変化を感じて、店員も近づいてくる。
それからおずおずと強盗犯に告げる。
《人種と個人を同列に扱っちゃあダメ、だと思う。キミはこの国の住人が嫌いみたいだけど、この国にだっていい人はいるから》
《いい人、ねぇ》
《ボクの雇い主だってそう。だから、刑務所から出て来たときにもし、職のアテが見つからなかったら連絡して。ボクがオーナーさんにかけあってみるよ》
《本気か? 死ななかったとはいえ、オレはお前に発砲したんだぞ》
《そのことは一生許せないと思う。忘れることもない。毎晩、寝ると夢に出てパニックを起こしそうなほどに怖い経験だったから》
《だったら》
《それでも……なんたって、同郷のよしみだからね。まぁ、そのときもまだボクがこの店で働いているかはわからないけど》
強盗犯は「理解できない」と首を振った。
どうやら彼の目には、俺たちが未知の生物かのように見えているらしい。
《言っておくがオレは本当に認めたわけでも、信じたわけでもないからな。だけどもし、オレが刑務所から出てきたときに世界が変わっていたら……》
それでも”元”強盗犯は言ってくれた。
《――そのときはVTuberのファンでもなんでも、なってやるよ》
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