第193話『事情聴取』

 強盗犯も暴れるのをやめ、ようやく落ち着いたころ。

 コンビニに新たに入って来た人たちがいた。


《イロハ!》


 店内に声が響く。

 振り返ると、入り口には制服を着た警察官と一緒にエンジニアの女性が立っていた。


《って、怪我してるじゃないの!?》


《え、そんなにわかる? まいったなぁ。おーぐになんて説明しよう》


《本当にごめんなさい。私も一緒に行っていれば、こんなことには》


 駆け寄ってきたエンジニア女性が、俺の傷の具合をしきりに確認していた。

 なんだかさっきから、謝られてばかりだな。


《言い訳をさせてもらうと……研究協力をしてもらっていたとき、イロハは本当に優秀で、受け答えもすごく大人びていていたから。無意識に子どもであることを忘れてた》


《いやいや、こちらこそ。対等な存在として見てくれて幸栄だよ》


 ラボのみんなは驚くほどに実力主義だった。

 外見も人種も年齢も性別も、まるで目に入っていないかのよう。


 というか、研究に夢中なだけともいえる。

 最初こそマスコットかアイドルのように扱われていたのだが……本題に入るとあっという間だ。


 俺にとってのVTuberが、彼らにとっての研究らしかった。

 居心地はよかったし、それに……。


《べつにあなただって戦闘のスペシャリストってわけでもないんでしょ?》


《それはそうだけど》


《じゃあ、むしろ巻き込まれなくてよかったよ》


 相手は銃を持った人が強盗だ。

 エンジニア女性まで余計なケガをしなくて、結果オーライ。


《どころか、うっかりコンビニに入って来ないかヒヤヒヤしてたし》


《それなんだけど、じつはイロハが遅いから、私も入店しようとしてたの。だけど「今は入らないほうがいい」って引き留められて……》


 言いながら、エンジニア女性は私服の男性へと視線を向ける。

 彼は女性客や、私服警官(?)の人たちと話していた。


 全員、知り合いのようだ。

 彼らは制服を着た警察官に状況を説明し、強盗犯の身柄を引き渡していた。


《彼らに感謝しないとな》


 聞けば、事件に気づいて警察を呼んでくれたのも彼らだそうだ。

 言われてみると、到着まですごく早かったような?


 てっきり、銃声を聞いてエンジニア女性が通報してくれたのだと思っていた。

 さらにこっそり裏口から回り込んで、いざというとき……本当に危ないと思ったときは、助けに入れるように待機してくれていたらしい。


《あの、みなさん。助けてくださってありがとうございました》


《えっ? あ~、いやその。まぁ、なんというか》


 お礼を言ったのだが、なぜか彼らはやたらと歯切れが悪かった。

 首を傾げていると、制服警官が声をかけてくる。


《恐かったね、お嬢ちゃん。けれど、もう安全だからね。そのうち救急車も到着するから、お嬢ちゃんも一緒に手当てしてもらおうね》


《あ、いや。わたしは》


《心配しなくても大丈夫。今回は事件に巻き込まれた形だから、治療費は補償されると思うよ》


 たしかにアメリカだと救急車も治療費も高額だが、そういう意味ではない。

 だって、急がないと……推しの配信がはじまってしまうのだ!


《いえ! 本当にわたしの治療は結構ですから!》


《そんなに心配かい? うーん。けどせめて、簡単でもいいから診察は受けて、もし痛みが強いようなら、そのときは本格的な治療を……》


《そうでもなく!? わたし、一刻も早くおうちに帰りたいんです!》


《あぁ! なるほど!》


 警察官が「得心がいった」と頷いてくれる。

 ようやく、わかってくれたか。


 けれど、今ので伝わるとは、さてはこの人も同志か?

 じゃあ、このまま帰宅させてくれるはず……。


《大丈夫だよ。ご両親の連絡先はわかるかい? すぐにみんな警察署に来てもらうからね》


《ん?》


 微妙に話が噛み合っておらず、俺は首を傾げた。

 まるで俺がこれから警察署に行かないといけない、みたいに聞こえるんだが?


《じゃあ、お嬢ちゃん。一緒に警察署へ行こっか。どんなことがあったか、教えてくれるかな?》


 全然、聞き間違いじゃなかったー!?

 当たり前と言えば当たり前だが、事情聴取を受けなければならないらしい。


《あ、あの。ちょっと、待って。わたし本当に急いでいて。それって後日じゃダメですか?》


《ほら、行くよ》


《あーーーー!?》


 そうして俺は警察官に連行されていった。

 生放送への遅刻が確定した。


 前言撤回、俺は心底から恨んだ。

 今回の事件を起こした犯人と……それから警察! 絶対に許さねぇからな!?


   *  *  *


《……イロハ、オマエ》


《あ、おーぐ。やっほー》


 警察署に到着したあんぐおーぐを、ひらひらと手を振って出迎える。

 彼女は俺の有様を見て、顔を真っ青にしていた。


《見た目ほど、大したケガでもないんだけどね》


 腕や頬に湿布を貼ってもらったのだが、なんだか大げさになってしまった。

 こんくらいの傷、配信を見ていたら忘れる。


《……》


《え、ちょっとなに?》


 あんぐおーぐは無言で俺に近づくと、恐る恐る患部に手を伸ばしてくる。

 まさしく腫れものに触る手つき。


《うっ。触られるとさすがに痛いんだけど》


《ゴ、ゴメン》


 あんぐおーぐはビクっと手を引っ込めた。

 それから……。


《う、うわぁああああああん!》


《お、おーぐ!? どうしたの!?》


 なぜかあんぐおーぐは泣き出してしまった。

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