第194話『専属護衛』

 警察署で事情聴取を受けていた俺のもとに、あんぐおーぐが駆けつけた。

 まではよかったのだが……。


《ちょっと、なんで泣いてるの!?》


《イロハのバカ! アホ! うわぁあああーん!》


 あんぐおーぐが俺の胸元にしがみつくようにして、わんわんと声を上げていた。

 彼女の顔はぐずぐずだ。涙や鼻水で俺の服が濡れていく。


《オマエ、ワタシがどれだけ心配したと思ってるんだ!? 家で帰りを待ってたら、いきなり警察から連絡が来て……血の気が引いたぞ! しかも、どれだけ電話しても繋がらないし!》


《あっ、ごめん。スマホ壊れちゃってさ》


《最悪の想像もした! もしも、イロハがいなくなったらって。ワタシはっ……うわぁあああん!》


《あ~もう。ほら、よしよし》


 泣いている子ども(すくなくとも外見は)をあやすには、頭を撫でるのが一番だろう。

 さすがに今さらスキンシップでどうこう言うまい。


《うわーん! 無事でよかった! でもケガが! イロハをひとりで行かせたから!》


 俺は苦笑する。

 怒ってるんだか、心配してるんだか、それとも安心してるんだか。


《さっきから感情が荒ぶりすぎじゃない?》


《だれのせいだと思ってるんだ!?》


 そんなやり取りをしていたところに女性客や、その友人たち? が現れる。

 彼女らも同じく事情聴取を受けていたのだろうか?


《あ、おーぐ紹介するね。彼女らがわたしを強盗から助けてくれたの》


《そうだったのか! イロハを助けてくれてありが……ん?》


 そこであんぐおーぐの動きが止まる。

 女性客たちも気まずそうにしていた。


《どうかしたの?》


 あんぐおーぐはなぜか険しい顔になっていた。

 そして、彼女は問う。



《なんで――オマエら・・・・がここにいる?》



《あれ? おーぐの知り合いだったの?》


《イロハ、気づかないのか!?》


《へ?》


 思わずキョトンとしてしまう。

 あんぐおーぐは「はぁ~」とため息を吐いた。


《イヤ、聞いたワタシがバカだった。オマエはVTuber以外に興味ないもんな。でも、イロハもコイツらとは面識があるはずだぞ》


《……?》


 じぃ~っと女性客らの顔を確認するが、さっぱりわからない。

 いったいどこで会ったのだろうか?


《コイツら、変装してるけど……ワタシのシークレットサービスの一員だぞ》


《え!? そうなの!?》


《いや、一員だと思ってたヤツら、って言ったほうが正しいかもしれないけどな》


 全然気がつかなかった。

 でも、言われてみると見覚えがあるような、ないような? うーん、わからん。


《へぇー。じゃあ、たまたま現場に居合わせて助けてくれたのか。それは運がよかったなー》


《んなワケあるかー!》


 あんぐおーぐは女性客……いや、シークレットサービスの人たちを睨んでいた。

 なにやら彼女らに怒っている様子だ。


《コイツらはワタシの護衛に紛れて、本当はオマエを護衛……いや、”監視”をしてたんだぞ!》


《……なるほど?》


 あんぐおーぐの母親の顔を思い出す。

 うーん、彼女ならそれくらいのこと平然とやりそうだ。


《シークレットサービスの仕事はファーストファミリーの護衛だけじゃない。設立のきっかけである偽造通貨の取り締まりをはじめとした、捜査だってするからな》


《いえ、アタシたちの任務はあくまでもイロハさんの警護です。お伝えしていたなかったことは謝罪しますが、高位にある外国人訪米者を守るのもアタシたちの仕事ですから》


《名目上は、だろ。本当に護衛だったなら確認を取るべきだろ? 次期大統領でもないかぎりは、本人に護衛を受け入れるか拒否するか選ぶ権利があるはずだ!》


 あー、それで怒っていたのか。

 たしかに、母親が勝手に自分の友人を調べまわっていたら、いい気分はしないかも?


 しかし、俺としては納得しかないからなぁ。

 いっちゃあなんだが、俺ってかなり怪しかったし。


 それにあんぐおーぐは知らないだろうが、疑われていたのは元々だ。

 だから……。


《イロハも許せないだろ!? 自分の権利を侵害されていいわけないだろ!?》


《え? 全然いいよ。好きにやってくれて》


《ほら! こうしてイロハも怒って……ない!? あっれぇー!? 全然いいのか!?》


 勢い余って、ノリツッコミみたいになっていた。

 というか気にするのが普通なのか?


《うん。わたしは全然、気にならないなー》


《けど、ほら! プライバシーとかあるだろ! 今までどんなところを見られてきたかわからないんだぞ!?》


《う~ん。配信を見るのをジャマされたら怒るけど、それ以外はとくに? あっ。でもひとつ、わたしもムカついたことがあったかも》


《ほらやっぱり!》


 言ってやれ、とあんぐおーぐが背中を押してくる。

 俺は自分の不満をぶちまけた。


《どうして、もっと早く教えてくれなかったんですか? もし言ってくれていたなら……前回ライブを見に行ったときも、保護者役を頼めたのに!》


《怒るの、そこなのか!?》


 だって、あんぐおーぐの招待で見に行ったイベントで、もし保護者役がいてくれたら……。

 となりの人に声をかけられて、開演前アナウンスを聞き逃すことはなかったのだ!


 俺の護衛ということは、あのときもこっそりついて来ていたにちがいない。

 てっきり、彼女の周囲から離れたりはできないと思っていたのに。


《ちなみに今後、わたしがひとりで移動したいときに送迎まで頼めたりします?》


《ええっと……》


 無意識に、女性客のフリをしていたシークレットサービスの女性へと視線を向けていた。

 しかし、彼女はどこか困った笑みを作っていた。


《ごめんなさい。アタシは今回の件で重大な失態をしたから――》


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