第195話『親善大使』
《失態ですか? わたしを助けてくれたのに?》
《あのとき、アタシにはすぐに強盗犯を取り押さえるか、様子を見るかの選択に迫られていた。結果的にあなたを危険に晒し、ケガをさせてしまった》
シークレットサービスの女性がそう反省しているが、それはちがう。
俺がいろいろ余計なことをしてしまったせいだ。
大人しくしていたら、もっと穏便にことが済んでいただろう。
ただ、VTuberのことだからヒートアップしてしまって……。
《安心して。あなたの護衛はちゃんと彼らがやってくれるわ。みんな、アタシよりもずっと優秀よ》
もしかすると彼女は責任を問われ、担当を外れることが決まっているのかもしれない。
……それは困る。
《ねぇ、おーぐ。さっき護衛を拒否する権利があるって言ってたよね? じゃあ逆に、だれに護って欲しいか指名することはできないの?》
《ワタシの場合は、ある程度なら融通が利いたな。なるべく同性がいい、とか》
《だったらわたし、このお姉さんに護衛や保護者役をお願いしたいな》
《アタシに? でも、それは……》
彼女がちらり、とほかのシークレットサービスの人たちに視線を向けた。
判断を仰いでいるようだった。
《イロハが”人”にこだわるなんて珍しいな》
《じつは現場に居合わせてくれたのが彼女なの。それで、ほかの人はちょっと》
《そういうことか》
あんぐおーぐはしばし考えたのちに頷いた。
なぜか神妙な面持ちなのが気になるが。そのとおり、じつは俺は……。
《オマエら、ちょっとはイロハの気持ちを考えろ》
《ん?》
《今回、事件に巻き込まれてすごく怖い経験をしたんだ。そのとき守ってくれた人に、今後もそばにいて欲しいって思うのは普通だろ。ほかの人じゃ代わりにはならない》
《んんん!?》
《なぁ、彼女をクビにしてイロハにへそを曲げられたら、困るのはオマエらのほうじゃないのか? 今回の提案、堂々と監視できるようになってオマエらにとってもウィンウィンじゃないのか?》
あんぐおーぐはそうシークレットサービスの人たちに詰め寄った。
俺を置いてけぼりにして話が進んでいく。
俺は「ちょっと待って!」と止めに入りたかったが、タイミングを完全に逃していた。
彼らはしばし悩んだあと、頷いた。
《では、そうしましょう。イロハさんの意思を優先します。ですから、今度は必ず守るのですよ》
《~~~~!》
シークレットサービスの女性は言葉にならない声を上げた。
それから、なにか決心した表情で俺の手を取って見つめてくる。
《イロハちゃん、もう二度とあなたにケガをさせない。どんな悪漢が相手だろうと、指一本触れさせない。必ず守り抜くと誓うわ》
《よかったな、イロハ》
《え、えっと。わーい、うれしいなー》
ちがう、そうじゃないんだ! とは今さら言い出せなかった。
俺が「彼女がいい」と言ったのは……。
――ほかの人は顔を覚えていないから、ってだけなのに!
一緒に事件に巻き込まれたおかげで、彼女だけはそれなりに印象に残っているから。
といっても、そこまで「どうしても」というほどの要望ではなかったのだが。
《イロハちゃん! これからはあなたの”専属”として、よろしくね!》
《あ、あはは……》
そうしてなぜか俺に、専属の護衛ができてしまった。
と、話が落ち着いたせいか、またあんぐおーぐが泣き出していた。
《けど、本当にイロハが無事でよかっ……う、ううっ》
《待って、おーぐ。一件落着みたいな雰囲気出してるけど……じつは、”それどころじゃない”の。今、ものすごく重大な問題が発生しているの!》
《なっ!? まだなにかあるのか!?》
《それが……見たかった配信がっ! もうっ! はじまっちゃってるの~っ! だから、今すぐにスマートフォン貸して! 早く!》
《……》
《おーぐ?》
なぜかゴゴゴという音が聞こえそうなほどに、あんぐおーぐに迫力が増していた。
そして、彼女は雷を落とした。
《「それどころじゃない」はこっちのセリフだ~~~~!》
そうして俺は、なぜかめちゃくちゃ怒られた。
それでもスマートフォンを貸してくれたから、好……いや、なんでもない。
* * *
《……で。あの~、おーぐ?》
《なんだイロハ?》
《いやー、ちょっと離して欲しいかなって》
《イヤだ。イロハはひとりにするとすぐに倒れたり、ケガしたりするから》
強盗事件に巻き込まれて数日。
あんぐおーぐが俺にベッタリになっていた。
どこへ行くにも必ずついてくる。
たしかに、心配かけたのは悪いとは思うんだが……。
《わたしが行きたいのトイレなんだけど!? お願いだから離して!》
《ここでしろ》
《できるかーーーー!》
とまぁ、こんな感じで過剰なほどにずぅ~っと一緒なのだ。
今までですら、スキンシップが多すぎると思っていたのに……。
《というか、おーぐ。今日は収録あるんでしょ? 早く行かないと》
《けど、イロハが~!》
《シークレットサービスの人たちがついててくれるから、大丈夫だよ》
《でも~!》
《ほら、行った行った。あ~、もう強引に連れていっちゃってください》
《なっ、離せ! オマエらワタシのシークレットサービスだろ!? 護衛対象にこんなことして……ぎゃ~!》
《いってらっしゃーい》
ひらひらと手を振って、連行されていくあんぐおーぐを見送った。
もしかすると強盗事件で一番大きかった影響は、これかもしれないな。
ちなみに口止めしたので、まだ母親やマイたちに事件のことは伝わっていないはず。
前のこともあるから……こんなことを知ったら、今度こそ倒れかねないし。
《ん?》
そんなことを考えていたとき、買い直したスマートフォンがメッセージの受信を告げた。
内容を確認した途端、俺は自分の顔が引きつったのを感じた。
《このタイミングでこの依頼って。絶対、あの人がなにか手を回しただろ》
要約すると、そこにはこんなことが書いてあった。
『”翻訳少女イロハ”に親善大使を引き受けて欲しい』と。
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