第171話『BANG!BANG!BANG!』

《スーパーマーケットにまで銃が売ってるって、すごいなアメリカ!?》


《言っただろ、ここにはなんでも売ってるって。銃以外にも車のタイヤから家具家電まで置いてるぞ。……けど、イロハでもVTuber以外を見てはしゃぐことがあるんだな》


《まぁ、FPSやってるVTuberは多いし》


《美容といい銃といい、オマエのVTuber判定ガバガバじゃないか!?》


《どんなものだって、最初に興味を持つきっかけなんてそんなもんでしょ》


 俺は「へぇ~」とショーケースに近づいて眺める。

 ズラリと”武器”が並んでいる姿は、なかなかに壮観だ。


《これって買うのに条件とかあったりするの?》


《年齢制限くらいだな。あとは犯罪歴でもないかぎり、普通に購入できるぞ。あーでも、州によっては狩猟とかのライセンスが必要だったかも》


《あぁ、じゃあ思ってたより厳しいんだ》


《厳しくないぞ。ライセンスなんて1日あれば取れるはずだし。ミドルスクールの1年生でも取れるぞ》


《全然、厳しくなかった!?》


 しかも聞けば、内容は4択の筆記問題だけだという。

 原付免許を取るよりも簡単だ。


 日本だと何年もかかるんじゃなかったっけ、銃猟ができるようになるのって。

 しかも銃の所持にはさらに、狩猟免許以外にも許可が必要だった気がする。


《そんなにゆるくて、危なくない?》


 どうしても日本人的な感性だとそう思ってしまうのだが。

 あんぐおーぐは「あ~」ちょっと苦々しい顔をしていた。


《まず、勘違いしないでほしいんだが、銃は決して人を撃つためだけのものじゃないぞ。とくに、ここに売ってるのはショットガンやライフルみたいな狩猟用や競技性の高いものばかりだ》


《あっ、ほんとだ。銃って言われて真っ先にイメージするようなハンドガンって置いてないね》


《だろ? まぁ半分、建前みたいなもんだけどな。だから、イロハが言っていることもわかる。実際、ハンドガンがここで売られなくなったのは乱射事件なんかで用いられやすかったことが原因だから》


 州によってはハンドガンだけでなく、すべての銃を店頭販売しなくなったそうだ。

 安いと1丁で199ドル……2万~3万円で買えてしまう。


 命の値段としてはあまりにも安すぎる。

 とはいえ、銃も使いかた次第なのだろう。


 スポーツに使うのも、護身に使うのも、攻撃に使うのも結局は人だ。

 極端な話、人を害そうと思ったら包丁だって縄だって……あるいは”言葉”だけでも十分。


 結局のところ、いつだって人を傷つけるのは――道具じゃなくて悪意なのだから。


《おーぐは銃を持ってるの?》


《アメリカ人ならだれでも銃を持ってるわけじゃないぞ。大体、持ってる人と持ってない人が半々くらいだし》


 しかし、あんぐおーぐは「持っている」とも「持っていない」とも明言はしなかった。

 ただ誤魔化したわけではなく、答えないのにはきちんと理由があるようだ。


《イロハ、こういう質問をほかの人に……とくに公の場ではするなよ。非武装が当たり前で、治安のいい日本に住んでいるとわかりづらい感覚かもしれないが》


《えっ、なにかマズかった?》


《あぁ。銃の話はめちゃくちゃデリケートな問題なんだ》


《そっか。そうだよね》


 銃を持っていないからといって、反撃されないから強盗してもいいわけじゃない。

 銃を持っているからといって、人を殺そうと思っている危険人物なわけじゃない。


 ただ、どちら答えても少なくないリスクが伴う。

 答えにくいわけだ。


 その上で、どちらを選択するかは個人の”自由”。

 それこそがアメリカの社会というものなのだろう。


《ほらっ、銃の話はもういいだろ。それよりほらっ! あっち見に行くぞ。バーベキューグリルと、バーベキューグリルと、それからバーベキューグリルが売ってる》


《バーベキューばっかりじゃねぇか!? 塊肉といい、バーベキュー文化が強すぎるっ!》


 俺たちは重くなったショッピングカートをふたりで一緒に押して、店内を回った。

 まさか、ここでの会話がフラグになるだなんてことを思いもせずに――。


   *  *  *


「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす。みんなー、ひさしぶり~!」


>>うおぉおおお~! イロハちゃーん!

>>イロハロ~! 待ってたよ~!

>>引っ越し作業、お疲れさま!!


 引っ越し準備や、荷解きもあって数日振りに俺は配信を行っていた。

 いやまぁ、荷解きはまだまだ途中なんだけどね……。


「今日はついにアメリカに引っ越してきて、最初の配信だね~。いや~、珍しくわたしもテンションあがってるかも。これから、こっちでのVTuberイベントがいろいろと……げふんげふん」


>>いつもどおりじゃねーかw

>>留学しに来たんじゃねーのかよ!

>>ちゃんと勉強しろ……って言おうと思ったけど、イロハちゃんって絶対、勉強とかいらないだろ


「いやいや、現地に来ないと学べないこともほんと多いよ。まず使われる単語からして全然違うし」


「そうだゾ。イロハは”ドギーバッグ”のことすら知らなかったんだからナ」


>>おぉおおお~!?

>>やぁ、おーぐ!(米)

>>本当に同棲してるぅううう~!!


「《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》 日本のミンナ見てるカ~? イロハの保護者役のワタシが来たゾ~! 今日ハ……というか、これからほとんどがオフコラボだナ!」


>>見てるぞ~!

>>幼女が幼女の保護者? 頭が混乱するwww

>>同棲おめでとうございます!!


 ”翻訳少女イロハ”だけだった配信画面に、”あんぐおーぐ”を登場させる。

 今日はせっかくだから、と俺の部屋に集まって配信をしていた。


 まぁ、変圧器も手に入ったことだし、初回だしな。

 ただ「部屋に入っていいよ」と告げた途端に、やたらと彼女が興奮していたのだけ気がかりだったが。


「フッフッフ~! イロハとの同棲、いいだロ~! いつでもこうして会えるんだからナ!」


「さっきからみんな『同棲』って言ってるけど、ちがうからね!? 建前上はあくまで、おーぐの家に泊めてもらってるだけだから!?」


「照れるなよイロハ。これからワタシが手取足取リ、アメリカでの生活を教えてやるかラ!」


>>イロハちゃんとの同棲、羨ましすぎて血涙出そう

>>おーぐがイロハにものを教えるって、想像できんw 逆じゃないのかwww

>>さっき言ってたドギーバッグってなんぞ?


「あぁ、こっちって食事からなにから、全部が大きいからさ。どのレストランでも持ち帰り用の容器がもらえたりするんだよね」


「っていうのヲ、ワタシが教えたんだよナ?」


「マウントを取ろうとしてくるなっ」


>>おーぐのやつ、ここぞとばかりにwww

>>言語方面でイロハにケンカ売ったら、あとで痛い目に遭うぞw

>>今のうちに謝っといたほうがいいんじゃない?


「じゃア、イロハはなんで”犬のための容器ドギーバッグ”って呼ぶカ、わかるのカ?」


「え? 知らないけど『犬に食べさせるから』って建前で持ち帰ったのが最初、とか?」


「……」


>>あっ

>>想像以上に早かったなwww

>>ほら見ろ、言わんこっちゃない


 あんぐおーぐが「うがー!」と吠えた。

 な、なんかスマン……。

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