第170話『健康の値段』


《それじゃあ手分けして、食材を買いに……》


《待て待て待て》


 あんぐおーぐとの料理対決。

 食材でネタバレになってもおもしろくないだろう、という提案だったのだが引き留められてしまう。


《アメリカじゃ子どもをひとりで出歩かせると通報されるから。一応、ワタシはイロハの保護者だし》


《えっ。わたしくらいの年齢でもアウトなの?》


《普通はイロハくらいの年齢だったらセーフだ。州によっても変わるけどな。でも、オマエは自分の外見を自覚しろ。なにせワタシほどのレディ・・・でもよく警察に声かけられるくらいだし》


《あっ、はい》


 レディかどうかはさておき、それはだれも悪くないし仕方ないな。

 かといって、あんぐおーぐの護衛であるシークレットサービスに保護者役をさせるのも……あっ、そうか。


《じゃあ、とりえあえずいろんな食材を買い込んで、残った分はシークレットサービスの人たちにおすそ分けするとか? そういうのって、やってもいいのかな》


《どうなんだろ。ワタシも知らないな》


《あ、よさそう》


 話を聞いていたのだろう、シークレットサービスの人たちから合図をもらう。

 俺たちはそうと決まれば、と食材をショッピングカートに放り込んでいく。


《ふふんっ、イロハ。オマエに目にものを見せてくれる》


《そういうおーぐこそ、自分のホーム・・・で負けたら言いわけできないからね? とはいえ実際、結構ラインナップがちがうから厄介かも》


《そこのアジアセクションに日本の食材もいくらか置いてるぞ。”ショーユ”はこっちでも人気だし、”トーフ”はヘルシーフードって注目されてるから。さすがに”ミソ”まで置いてるかは知らないけど》


《へぇ~。まぁでも、相手がおーぐだしちょうどいいハンデでしょ》


《オイっ》


《あとは魚とかも欲しいところだけど。うーん、厳しいな》


 冷凍のエビやサーモンの切り身は売っているのだが、ほかはあまり置いてない。

 あれだけお肉のコーナーが充実していたのに、すさまじいギャップだな。


《ワタシはパンをいくつか》


《何十個入ってるのこれ!? あとすごく種類が多いけど、どれもシンプルだね》


《たしかにメーカーや原料のちがいはあるけど、形はわりと決まってるかも。というか日本の菓子パンや総菜パンが特殊なだけだからな? おかげでワタシも、ついコンビニでいろいろ買っちゃったけど》


 しかし、食材が一個一個デカいせいで、すぐにカートがいっぱいに……ならないな!?

 そうだった。カートもバカみたいにデカいんだった。


《あとは飲みものかな》


《!?!?!? な、なんだこれ!? 壁一面コーラなんだけど!?》


 比喩ではなく、見えるかぎりずっと奥までコーラが並んでいる。

 さすがにこの光景は、ここでしか見られなさそうだった。


《いくらアメリカ人でもここまでコーラ飲まないだろ!?》


《でも少ないと、品出しが追いつかなくなるかもだし》


《飲むの!?》


《まぁ、アメリカじゃあ”飲み水”代わりみたいなもんだしな。ワタシは缶タイプが好きだから、とりあえずそれを何ケースか買っておくか》


 当然のようにケース単位。というかケースでしか売っていなかった。

 さすがのスケールというか、なんというか。


 そして、あんぐおーぐの「飲み水代わり」という表現はまったく比喩ではなかったらしい。

 さすがに「普通のお水も欲しい」と俺は飲料水を見に行ったのだが……。


《コーラのほうが安いんだけど。どういうこと!?》


《あ~、たしかに。日本は水が安いから、余計にそう感じるんだろうな》


 もちろんメーカーにもよるのだが、水がやたらと高かった。

 あるいは物価に対して、コーラが安すぎるというか……。


 とはいえ買わないわけにもいかない。

 俺はカートに積み込もうとして……。


《お、おーぐ。手伝って……》


《うっ。これ絶対、帰りはシークレットサービスの人たちに手伝ってもらおうな》


 水も何十本単位でしか売っていなかったから、重いのなんのって。

 ぜぇはぁ言いながら、あんぐおーぐとふたりがかりで持ち上げてカートに積んだ。


《一応、場所によってはアメリカの水道水も軟水だったり、飲めたりもするんだけど……。ワタシも飲まないなー》


《まぁ、お腹を壊したらそっちのほうが高くつきそうだし》


《間違いないな。こっちの治療費はバカみたいに高いぞ。イロハは日本で海外保険に入ってきたんだっけ?》


《そうそう》


《それが正解だと思うぞ。とはいえ保険に入っていてもなお治療費は高いんだけどな。しかも、どこの病院でも診てもらえるわけじゃないし。あくまで契約した保険と提携してるとこだけ》


《えっ、そうなの!?》


 体調が最悪の状態で、ようやく病院に辿り着いたと思ったら……。

 なんてことを想像すると、地獄でしかないな。


《アメリカ人はあまり病院に行きたがらないって聞くけど、ちょっと納得かも》


《というか日本人がちょっとしたことで病院に行きすぎなんだ。そこで、イロハにはこの言葉を贈ろう》


《なぁに?》



《――アメリカで一番高いのは”健康”だ》



《あ~、すごく納得する》


 いろいろと見て回って思ったのだが、健康的な商品ほど高い。

 野菜とか水とか。


 一方で身体に悪い食べものほど異様に安い。

 ジャンクフードやコーラなど。


《体調崩さないように気をつけよう。救急搬送なんてされたらいくらかかるかわからないし》


《数十万円はかかるんじゃないかな。気をつけろよ~?》


 ただでさえ俺はしょっちゅう、医者のお世話になってるしな。

 救急で通常よりも高い料金がかかるのは日本も一緒なのだが、ケタがちがう。


《食材はこんなもんだな。あとは日用品なんかを買って……》


 スリッパや洗剤、そして変圧器もカートに放り込んでいく。

 というか本当に売ってたんだ……すごいなウォールマーケット。


 これで全部、と思ったそのとき俺はあるものが売っているのを発見した。

 日本では絶対にありえない光景だった。


《おーぐおーぐ、あれっ! ――”銃が売ってる”!》


 俺はあんぐおーぐの服の裾を引っ張って、ショーケースを指差した。

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