第169話『ハイパーマーケット』


《ここがウォールマーケット!?》


 俺はポカーンと店内を見上げていた。

 いやほんと、あまりにも大きすぎて自然と見上げる形になってしまうのだ。


《天井が高い! それに、広すぎて向こうの壁が見えない!》


《すごいだろ~》


《話には聞いてたけど、想像以上だよ》


 ウォールマーケットはざっくり言えば、すごく大きなスーパーマーケットだ。

 しかし、その規模があまりにもちがいすぎて、まったくの別物に見える。


 たしか、世界で一番『売上』が多い企業なんだっけ?

 AWAZONよりもたくさん物が売れている、と言えばすごさが伝わりやすいだろうか?


《ほら、イロハ。いつまでも突っ立ってないで、行くぞ》


《う、うん》


 あんぐおーぐがショッピングカートを押して先行する。

 俺はやや気圧されながらも、彼女のあとを追った。


《とりあえず今日買うのは食材と、あとはスリッパや石鹸か。変圧器も一応、見ておくか?》


《欲しいかも。たぶん大丈夫だとは思うんだけど事故が怖いから。パソコンには噛ませておきたい。けど、そんなのまで売ってるの?》


《わからん。けどウォールマーケットなら多分、売ってるだろ》


《なぞの信頼感。けど、わかる》


 これだけ広けりゃなんでも置いてるだろ、という気分になる。

 今、こうして歩いているだけでもすごい品数だ。


《とりあえず、近いし食品売り場グロサリーから見て回るか》


《お~。なんというか、陳列の仕方もアメリカっぽい》


《あとは包装の有無、って差もあるかもな》


 売り場に足を踏み入れると、フルーツや野菜なんかが山盛りに積まれていた。

 言われてみると、たしかにここじゃあどの食材も剥き出しのままだ。


 日本では何個かでまとめて袋に詰められていることも多いが、アメリカではバラ売りが基本。

 あるいは量り売りのようだ。


《日本ってなんでもラッピングするし、すごく丁寧でキュートだよな。ワタシもすごく好きだ。けど、あんまり環境によくないなーとも思っちゃう》


《考えたこともなかった》


《お菓子とかもそうだよな。袋の中にさらに袋が入ってて、いったいどんな貴重品なのかと思った》


《あはは、たしかに》


 すこし前に、SDGsだなんだとレジ袋が有料になった。

 それがどれだけ効果があったのかは、さておき……。


 すくなくとも意識するようにはなった。

 けど、一方でそういった個包装については考えたこともなかったな。


《おっ、リンゴだ。何個か買って行っていいか? 日本に売ってなかったんだよな~、これ》


《アメリカ人ってよくリンゴ食べるよね。映画とかでもよく出てくるし。けど、さすがにリンゴくらい日本にも売ってる……って、なにこれちっちゃ!?》


 あんぐおーぐが手に取ったリンゴは、彼女の小さな手にも収まるくらいの大きさだった。

 姫リンゴというわけでもなく、ただただ小さいリンゴ。


《しかも、すっごく安い。アメリカって物価高いイメージだったのに》


《ワタシから見たら逆なんだけどな。日本のリンゴがデカすぎるんだ。それに、日本のフルーツが高いだけ。アメリカだったら同じ値段でカゴいっぱい買えるぞ》


 あんぐおーぐは言いながら、いくつか良さそうなリンゴをピックアップしている。

 たしかに日本だとフルーツって、ちょっと気合の入ったデザートくらいの立ち位置だもんな。


 リンゴはそのまま、直接カートに放り込まれた。

 そういえば、カゴがないところも日本とのちがいだな。


《けど、こうしてアメリカに帰ってきてよくわかったよ。さすがに品質やサービスでは日本に勝てない》


《そうなの? 安いし品ぞろえも多いし、いいんじゃない?》


《ほら、よく見ろ。これとか、これとか!》


 あんぐおーぐは言って、当たり前のように混ざっている痛んだリンゴや、地面に散らばった土を指差した。

 なんというか、たしかに雑ではある。


《ワタシもアメリカに住んでたときは気にしてなかったのに、日本で暮らしたせいで神経質になったぞ》


《こういうのを逆カルチャーショックっていうんだっけ。ていうかおーぐ、日本のスーパーに詳しいね?》


《オマエ、ワタシが日本にいるとき、本気でコンビニしか行ってないと思ってないか!? たしかに多かったけど、最初はほかのお店だって利用してたんだからな!?》


《……ふ~ん?》


《その疑うようなまなざしをやめろ! ほらっ、次行くぞ次!》


 あんぐおーぐが「心外だ!」と、ガラガラと音を立ててショッピングカートを押して行く。

 フルーツのとなりには野菜が並んでいるのだが、こっちは日本と似たり寄ったりの金額だった。


《野菜はそこそこ値段するなぁ。というかキャベツ、やけに高くない?》


《量り売りだからなー。重いものは値段も高くなりがちだ》


《しっかし、これは野菜食べずにフルーツでいっか、ってなりそう》


 あんぐおーぐが「鋭いな」と言って笑った。

 なんとなくアメリカ人が野菜を食べない理由がわかった気がした。


《それでこっちはお肉コーナーか。って、肉までデカい! しかも赤身の塊肉ばっかり!》


 買って帰って、あんぐおーぐとふたりで食べきれそうなサイズのが売ってないんだが。

 それに日本みたいな薄切り肉や、サシの入った肉も見当たらない。


《だからこそ、日本の”ヤキニク”は最高だって思うんだよ!》


《なるほどな~》


 肉を焼くだけの料理なんてどこにでもあるだろうに、なんでわざわざ?

 と思っていたが、こういう理由だったのか。


 あと、あんぐおーぐは”しゃぶしゃぶ”なんかもよろこんで食べていたな。

 と、そこまでひと通りの食材を見て回ったところで、俺はふと思いつく。


《……ふむ、料理か》


《どうしたんだイロハ?》


《ねぇ、おーぐ言ってたよね。自分は料理ができるって。じゃあ勝負しよっか?》


《え゛っ》


《配信上で”料理対決”して、どっちがおいしいか白黒つけようよ》


《えぇ~~~~!?》


 自分からこういうことを提案するのは珍しいが、こっちにも事情・・がある。

 そうして、俺たちの戦いの火ぶたが切られたのであった――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る