第300話『イタズラ大作戦!』
《キャっ!?》
あんぐおーぐがビックリしてバランスを崩し、後ろ向きに倒れかける。
俺はそれを支え……ようとしたが、力が足りず一緒になって倒れてしまった。
《おーぐ無事!? ケガは!?》
慌ててあんぐおーぐを抱え起こし、身体のあちこちを触れてケガがないか確かめる。
彼女は「アヒャヒャヒャ!」と悶えた。
《ちょっ、イロハ!? くすぐったい!? ひゃっ、ダメ……そこっ!? 大丈夫! 大丈夫だから!? かすっただけでケガはどこもしてないから~!?》
《……ほっ》
《ふたりとも大丈夫かい!? な、なんてヤツだ!》
《イヤ、ワタシはなんともない。むしろイロハこそ大丈夫か? スマン、下敷きに……イロハ?》
《……ふ、ふふふ》
オレはブチ切れていた。
あんのっ、クソ野郎がぁあああ! テメェそれだけは許されねぇぞ!?
俺はどれだけ傷つけられようが、怒鳴られようが、脅されようがかまわない。
だが、今のは話がべつだ。
俺の
髪の毛一本ほどでも害を及ぼしかけたのだ。……じゃあ、敵だね。
《どんな手段を使ってでも天罰を食らわせてやる》
《ヒっ!? イ、イロハがこんなにキレてるとこ、はじめてみたぞ!? あの、一応言っとくが、ワタシはべつにケガをしたわけじゃないからな?》
《潰す!!!!》
《だ、ダメだ。聞こえてない》
そのとき「びぇえええ〜ん!」と声が響く。
振り返ると、娘ちゃんがギャンギャンと泣きだしていた。
《パパぁ〜! さっきのおじさん、こわかったよぉ〜!》
《あぁ、そうだね。怖かったね。でも、もう大丈夫だよ》
パパさんは娘ちゃんを抱っこして、あやしていた。
このままじゃあ娘ちゃんにとってもハロウィンが最悪の思い出として残ってしまうだろう。
いったい、どんな手で懲らしめてやろうか。
俺がそう思考を巡らせていたとき、あんぐおーぐが視線を他所へと向けて首を傾げた。
《……ん? なんだ、アイツら?》
釣られて視線を向けると、幽霊やガイコツ、蜘蛛などの衣装をまとった少年少女たちのゾロゾロと列をなして歩いていた。
まるで百鬼夜行のようだ。
彼らの手にはスプレー缶が握られていた。
と、娘ちゃんの泣き声で彼らもこちらに気づいたらしく、近づいてきて……。
《ほらよっ、コレ!》
《え?》
先頭を歩いていた少女が、俺たちへポーンっとなにかを投げ渡してくる。
アタフタとキャッチしたそれは、スプレー缶だった。
《ええっと?》
《ん? アンタらもあのオッサンにやられたんじゃないの?》
《ま、まぁ》
《だったらやることは決まってるじゃん? トリートされなきゃ――トリックさ》
《……!》
《手加減するなよ? これは子どもの正当な権利なんだからな》
言われて、俺はニヤリと笑った。
忘れていた。今日はハロウィンなのだ。報復するなら当然、イタズラでに決まっている。
《そうだったそうだった。わたし……
《お、オイ? イロハ?》
《お前ら全員、かかれーっ!》
少女が全体へと号令をかける。
「わぁーっ!」と少年少女が家へと突撃していく。
《ふはっ、ふはははっ! よしっ、おーぐ! わたしたちも行くよ!》
《お、おうっ!?》
シューっとスプレーを吹きつける音や、悪霊たちの騒ぐ声がこだまする。
トイレットペーパーが宙を舞い、屋根や木々に絡まる。
俺も言語チートで蓄えたありとあらゆる罵詈雑言を書きなぐる。
そうか、この能力はこのときのためにあったのか!
やがて、異変に気づいたらしくガチャリと玄関が開いた。
出てきた男性はあんぐりと口を開けていた。
《な、なにやってんだぁあああ!? クソガキどもぉおおお!?》
《いけっ、いけっ! スプレーは全部使いきれよ! トイレットペーパーも投げ尽くせー!》
《や、やめろ!? やめてくれぇー!?》
男性が子どもたちを……いや、ハロウィンの悪霊たちを追いまわす。
だが、ちょこまかとすばしっこくて、ちっとも捕まる気配がない。
《よし、もう十分だ! 逃げろーっ!》
《《わーっ!》》《《きゃーっ!》》
そして、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出しはじめる。
俺たちもその家に背を向けた。
《わたしたちも逃げるよ!》
《パパさんも! 早く行くぞ!》
《……あっはっは! そうだね、急いで逃げようか!》
《きゃっ、きゃっ!》
娘ちゃんも大喜びだった。
俺はちらりと振り返り、去り際に暴言をまき散らした。
《ふははは! ざまぁみろ! このクソ
《ワーっ!? イロハ、落ち着け!? 娘ちゃんも聞いてるから! ワタシはほら、なんともないしもう怒ってもないから!? ナっ!?》
《ハっ!?》
俺は我に返り、慌てて口をつぐんだ。
さっきまでFワードを書きまくっていた、その勢いが残ってしまっていた。
《けど……なぁ、イロハ! スッゴク楽しいな!》
《……! あははっ! うんっ、すっごく楽しいかも!》
VTuberが関わっているわけでもないのに、心の底からそう思えた。
それはきっと、あんぐおーぐと一緒だからで……。
《ん? どうかしたのか、イロハ?》
《なんでもなーい!》
前方を走るあんぐおーぐに、そう叫んで返す。
結果的にだが、あの男性のおかげでハロウィンの醍醐味を味わえた気がした。
だって、ずっとトリートばかりでトリックはこれがはじめてだったから。
両方やって、ようやく「本当にハロウィンを楽しんだ」と言えるような、そんな気がした。
だからといって、許すかどうかはべつだけどな!
……それはそれとして。
《あ、あのっ。おーぐっ……》
《オマエら全員、止まるな! 走れ走れー! って、イロハー!? オマエ、足おっそ!?》
《ぜぇ、はぁっ……ちょっと、待って……! わ、わたし、エネルギー切れ……!》
《わーバカ、オマエ! 逃げ遅れてるぞ!? オッサンがすごい形相で追ってきてるぞ!?》
《ひぇ~っ!? おーぐ、助けてぇ~!》
《手を引いてやるから、もうちょっとがんばって走れー!?》
俺たちは大騒ぎしながら夜の闇を駆けた。
笑い声はいつまでも絶えなかった。
俺は思った。こんな日がずっと続けばよいのに、と。
けれど、どんなことにも……。
――いつかは必ず、終わりがやってくるのだ。
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