第301話『幼女だから”おもらし”しちゃっても仕方ないよねっ』


《い、イロハ~! ワタシが悪かったからー!?》


《……ふんっ》


 俺は自宅のリビングで、腕を組んだままプイッとあんぐおーぐから顔を逸らす。

 あのあと俺たちはもう何軒か家を回って、カゴがいっぱいになるまでお菓子をもらって帰宅した。


 のだが、じつはそのときにもうひとつだけ事件が起こってしまったのだ。

 それがいったい、どんな内容だったのかというと……。


   *  *  *


《おおーっ、この家の庭スゴいなー!》


《たしかに》


 あんぐおーぐとふたりで並んで、ポカンと口を開けていた。

 その家は、まるでテーマパークの一画にでも来たかのような、気合の入った飾りつけだった。


 もちろん目立つわけで、子どもたちが集まりズラリと行列ができていた。

 俺たちもその列に加わりながら、イルミネーション染みた景色を眺めていた。


《家自体も豪邸だなー》


《って言ってるけど、おーぐの家ほどじゃないでしょ》


《それは比べちゃダメだろ》


《たしかに。けど、だからってこんなにも人が集まるもんなんだねー》


《そうだなー。もちろん家の場所にもよるんだが、住宅街だと……それこそ、とくに飾りつけをしていない家でも数分おきに子どもが来たりするからなー》


《なるほど、行列になるわけだ。けど、それはそれで大変そうだね》


《そうだなー。とくにこっちだと、ひとり暮らしでも一軒家に住むことが多いし》


《そういう人は、ライトを点けるのか消すのか慎重に考えたほうがいいね》


《だなー。実際、消し忘れて出かけて……帰ってきたら家がイタズラまみれ、みたいな話も聞くし》


《そ、それはまぁ、なんというか》


 と、そんな雑談をしているうちに俺たちの番が回って来た。

 もう、慣れた調子で俺は言った。


《トリック・オア・トリート!》


《はーい、”トリート”。好きなの持って行ってねー》


 そう言って受け取ったお菓子も、あきらかに高級そうなやつだった。

 こりゃ、人気になるわけだ。


   *  *  *


 と、そこまではよかった。

 しかし最後に行った1軒がなぜか、同じくらい飾りつけは豪華なのにお菓子をくれなかったのだ。


《トリック・オア・トリート!》


《ふふふ~、”ダメ”よ~。そう簡単にはお菓子を渡せないわねぇ》


《えっ!?》


 丁寧に出迎えてくれているにも関わらず、なぜか「トリート」とは言ってくれない。

 こういうパターンは初めてだったので、俺は困惑した。


 さっき俺たちにイジワルをしてきた男性とはちがって、今回はとても品のいいおばあさんだ。

 トリックで仕返しするにしても、これはちょっと……気が引けるというか。


《イロハっ! よーし、イタズラするぞ!》


《い、いいの? でも……》


 俺は心配になってチラリとおばあさんの様子をうかがった。

 しかし、彼女は「ふふふ」とほほ笑んだままだ。


《イロハ、ルールなんだからちゃんとイタズラしないと! ほら、あのあたりをトイレットペーパーでグルグル巻きにして”ティーピードハウス”にしてやれ!》


《な、なにそれ?》


 グイグイとあんぐおーぐが俺の背を押して来る。

 なぜかパパさんも娘ちゃんも止めようとしないし、おあつらえ向きにトイレットペーパーが転がっていた。


《ど、どうすればいいのこれ? というか今さらだけど、なんでトイレットペーパー?》


《トイレットペーパーは水に濡れると貼りついて、片づけるのがスッゴク面倒になるからな!》


《な、なるほど。それは普通にイヤかも。でも本当にいいの?》


《じれったいぞー! いいから、いいから!》


《わ、わかったよ》


 俺は言われるがまま、トイレットペーパーを持ってその場所へと近づき……。

 ドサリっ! と上からなにかが降ってきた。



 ――死体だった。



《ぴ……》



《ぴぎゃぁーーーー!? おおお、おーぐ! あああ、あそこ! アレ! ひぃいいいっ!?》


 俺は転がりながら逃げ、あんぐおーぐへと抱き着いた。

 そのまますこしでも死体から距離を取ろうと後ずさりして……。


《なななっ、なんでっ、あれっ!? でも、ここまで離れれば……、ぇ?》


 足になにかがぶつかった。

 見下ろすと、そこにはガイコツのオブジェが転がっていた。


《び……ビックリした~。なーんだ、こっちはただの飾り……、っ!?》



 ――ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ!



 ガイコツがカチカチと歯を鳴らして、笑い出した。

 さらに木の上から、ポトポトと黒いなにかが降ってくる。


《うわっ、ぷ!》


 そのうちの1が俺の顔に引っついた。

 慌ててそれを払いのけ……そして、それがなんであったかを知った。


 地面に落ちたそれは、手のひらほどの大きさの蜘蛛だった。

 トラウマスイッチからの連続攻撃に……俺のダムが決壊した。


《……あ、あぅーーーー!? ダメダメダメ……あーっ!?》


 じょばばぁ~、と下腹部に温かいものが広がっていった。

 俯く俺に、まだ気づいていないあんぐおーぐが笑いながら言ってくる。


《アッハッハ、どうだ驚いたか! じつはお出迎えしてくれる家の中にはこうやってわざとトリックを選んで、イタズラをしかけてきたところを逆に驚かせて楽しませてくれるところもあって……ん? イロハ?》


《お、おーぐぅ~。そ、そういうことは早く言ってよぉ~! ビックリしてわたし……わたし、”出ちゃった”よぉ~!?》


《え? うぇえええ~っ!?》


 たしかに、よく見れば死体もガイコツも蜘蛛も全部ニセモノだった。

 ただのカラクリ仕掛けだった……が、今さら気づいてももう遅い。


《ふぇえええ~ん!》


 俺は恥ずかしさで泣きだした。この年でおもらしするなんて!?

 女の子の身体、というかこの身体は涙腺も括約筋もゆるゆるだった。


《わーっ!? ちょ、ちょっと待ってろ!? スイマセン、あのー!?》


 あんぐおーぐが慌ててその家の人に相談しに行ってくれる。

 が、もともとは彼女のせいなわけで……。


《おーぐのバカー! アホー!》


 俺はそう、泣きながら叫んだのであった――。


   *  *  *


《い、イロハ~! ワタシが悪かったからー!?》


 そして、冒頭に繋がる。

 俺は自宅のリビングで腕を組み、つーんとそっぽを向いていた。

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