第302話『狼少女のゆびゆびー』


《イロハ、許してくれ! まさか、オマエがそんなにもオバケが苦手だとは知らなかったんだ!》


 俺は自宅のリビングでつーん、とそっぽを向いていた。

 正確には、俺が怖いのはオバケではないのだが……それはともかく。


 あのあと、おばあさんが服を洗濯・乾燥してくれた。

 さらに本当に申し訳なさそうな顔で、帰りにはたくさんのお菓子を持たせてくれた。


《ごめんなさいねぇ。まさか、ここまで驚いてくれる子がいるとは思ってなくて》


 ……と。

 しかし、おばあさんはなにも悪くない。


 俺も最初の死体で気が動転していなければ、笑って受け流せていただろうし。

 それよりもダメージが大きかったのは……。


《イロハちゃん、だいじょーぶだよー。こわくないからねー。わたしもねー、あかちゃん・・・・・のときいっぱいおもらししたことあるってママがいってたからねー。イロハちゃんははずかしくないからねー》


 という、娘ちゃんの慰めの言葉だった。

 そんなわけで俺は今、あんぐおーぐにプンスカと「怒っていますよ」アピールをしていた。


《ふーんだっ。もう、おーぐなんてキライっ》


《ガーーーーン!?》


 そのひと言は予想以上の衝撃をあんぐおーぐに与えたらしい。

 彼女は絶望の表情で頭を抱えていた。


《うわぁーん!? イロハに嫌われたぁ~!? もうワタシの人生終わりだぁ~!?》


 そう、あんぐおーぐが打ちひしがれている横で……。

 言った側である俺もまた「うぐっ!?」とダメージを受けて崩れ落ちていた。


 イチ推しに「嫌い」と言ってしまったみたいで、ファンとしての心にダメージが!?

 今のはあくまで、目の前のあんぐおーぐに言ったセリフなのに。


《……ううっ。もらったお菓子でも食べて気分転換しよう》


 言いながら、俺はお菓子の詰まったカゴをガサゴソ漁った。

 せっかくだから、一番おいしそうなやつにしようか。それとも……。


《どれにしようかなー?》


《……あっ! イロハ、ちょっと待て。それはまだ食べちゃダメだ》


 あんぐおーぐが「ハッ」として、俺に忠告してくる。

 俺は「え?」と首を傾げた。


《なんで? もしかして、あれかな? お仏壇のお供えものみたいな。こっちだとハロウィンのお菓子は、ちょっと待ってから食べないといけなかったりする?》


《いや、そういうんじゃなくて。一応、知らない人からもらったものだからな。食うなら袋に穴が空いてるものを除外してからにしておけ、って話だ》


《あ~、なるほど》


 言われてみると、どれも個包装されてる市販品のお菓子で、開封未開封が一目でわかるものばかり。

 窒素ガスでパンパンに膨らんでいて……ただの酸化防止用かと思っていたら、そんな意味があったのか。


《毒を入れるような事件が、過去になかったわけじゃないからな。だから地域にもよっては最初にお互いの家で連絡を取り合っておいて、事前に決めた知り合いの家にだけ行くって場合もあるし》


《たしかに、それが一番安全だよね》


《まぁ、めったに起こるもんでもないけど、一応な》


《わかったよ》


 よさげなのをひとつ選んで、摘まむ。

 すこしかじって、もぐもぐヤミー……じゃ、ない!?


「げほっ、ごほっ!?」


 と、そのお菓子のあまりの甘さにむせた。

 そうだ忘れてた、アメリカのお菓子ってそうなんだった。


 俺は手元に残ったかじりかけのチョコを見て、どうしたものかと悩み……。

 あ、そうだ!


《ほら、あーん》


《ん……? ぱくっ》


 口元にお菓子を差し出された、なかばあんぐおーぐは反射的にそれを口に含んだ。

 もっちゃ、もっちゃと彼女の頬っぺたが揺れる。


《わたしの食べかけ》


《げほっ、ごほっ!?》


 今度はあんぐおーぐがむせていた。

 俺はそんな彼女のとなりに座り……しかし、まだお互いに微妙な空気感で。


《……》


 俺はちまっとあんぐおーぐに小指を絡めた。

 あんぐおーぐの背筋がビクっ! と伸びた。


《おーぐ、わかる? わたしは怒ってるんだよ? だから……》


 あんぐおーぐの耳元に顔を寄せた。

 そして、俺はささやくように告げた。


《トリック・オア・トリート。わたしのこといっぱい気分きもちよくしてくれたら、さっきの許してあげる。おーぐのこと嫌いじゃなくなって……好きになるかも》


《〜〜〜〜っ!》


 これでチャラにしよう、と俺は思った。

 というか、もともとそこまで本気で怒っていたわけじゃないし。


 ただ、なんというか……甘えるための口実が欲しかっただけだ。

 今はまだ素直になりきれなくて、理由がないと恥ずかしいから。


 そういう、意図でのセリフだったのだが。

 ガバっ! と俺はなぜか両肩を掴まれ、あんぐおーぐと正面から向き合わされていた。


《はぁ、はぁ……イロハ、カワイイぞ》


《へっ!? ななな、なに!? なんか、目が怖いんだけど!?》


《フ、フフフ……。ちなみにも、もしトリートしなかったらどんなトリックをされるんだ?》


《えっ!? えーっと……》


《ホラ、早く!》


《え、えぇ~っ! ……は、はむっ!》


 イタズラの内容までは考えていなかった。

 俺は急かされてとっさに、目についたあんぐおーぐの手を取り……その人差し指をはむはむした。


《ひょう? これで懲りたれしょ? わらひはオオカミだからねー、もてなさないと食べちゃうんだから》


《イロハ……》


《なぁに?》


《それは……反則だろ。もう――ガマンできない》


《へっ? きゃぁーーーー!? な、なにするの? ……ひゃうんっ!?》


 あんぐおーぐが覆いかぶさって来る。

 そして首元にちゅっとキスされてしまう。


《な、なんでいきなりキス!?》


《違う、今のワタシはヴァンパイアだからな。吸血だ。さっきの……出かける前の、続きだ》


《!?!?!?》


 あ、これ……もしかしたら、ヤバいかも?

 どうやら、俺はあんぐおーぐの変なスイッチを押してしまったらしい――。

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