第303話『幼女が幼女にいっぱい”ちゅー”するだけ』

《ま、待っておーぐ! わたしイタズラじゃなくて、トリートされるはずでしょ!?》


《そうだった。じゃあ、もっとトリートしてやる》


《やっ、……ちょっ、ダメ、おーぐっ! だからこれ、絶対にトリートじゃ……あうっ!?》


《もう遅い》


《ひゃううう~んっ!?》


 ソファに押し倒れてしまう。

 くすぐったさで変な声が漏れた。


 あんぐおーぐは「はぁ、はぁ」と荒い息を吐きながら俺を見下ろしていた。

 彼女の瞳はそれこそ血に魅せられた吸血鬼のごとく、怪しい光を放っていた。


 抵抗できない。

 俺はそう察して観念し「せめて」と彼女にお願いする。


《あ、あんまりエッチなのは……ダメ、だよ?》


 ――ブチン。


 なにかが切れる音があんぐおーぐから聞こえた。

 あ、あれ? なんかさっきよりも彼女の息が荒くなっているんだけど!?


《イロハが悪いんだからな》


《なんでー!?》


《かぷっ、ちゅう~~~~っ!》


《待っ、おーぐ!? ひゃうぅううう~~~~ん!?》


 ジタバタと逃れようとするも押さえつけられ、身体中のあちこちに口づけされて……。

 その日、俺は一晩中あんぐおーぐにイタズラされ続けたのであった――。


   *  *  *


 そして翌朝、リビングは妙な緊張感に包まれていた。

 朝食を食べるのに使っているカトラリーの音だけが、カチャカチャと響いていた。


《……えーっと、イロハ。もしかして怒ってる?》


《当たり前でしょ、バカおーぐ! だって昨日、あんなっ!?》


《そ、それを言うならイロハだって抵抗しなかっただろ!》


 指摘され、かぁ〜と顔が熱くなる。

 べ、べつに図星を突かれたわけじゃないけどな!?


《し、したもん! 抵抗! でも、おーぐのほうが力が強いから勝てなかっただけで!》


《本当にイヤなら、もっと全力で抵抗してるクセに。それに朝だって、ワタシのこと抱きしめて離そうとしなかったし》


《ち、違っ!? 言ったでしょ!? あれは寝ぼけてただけで!?》


《へー、ほー、ふーん? 正直になったらどうだ、イロハ? 本当は、いっぱいトリック……じゃなかった。トリートされて、ワタシのこと好きになっちゃったんだろー?》


《う、うるさいうるさい! というか、ちゅーするにしてもやりかたってもんがあるでしょ! 言っとくけどわたし今日、学校あるんだよ!? どうするのこれ!?》


 言って、俺は服の襟元を引っ張った。

 そこにはたくさんの”吸血”のアトが残っていた。ほかにも腕とか足とか……。


《うぐっ!? そ、それは〜》


《こんなんじゃ外に出られないでしょ!?》


 以前、マイに似たようなことをされたが、それよりもさらに酷い。

 露出の多い衣装だったのが災いした。


 これじゃあ、学校でどんな目で見られるか。

 それこそミイラのコスプレでもしなければ隠しきれなさそうだ。


《ふ、フンっ! 学校のヤツらに見せつけてやればいいじゃないか。イロハはワタシのものなんだって》


《……未成年淫行》


 俺はボソっと切り札を使った。

 あんぐおーぐが慌てたように「ゲホッ、ゴホッ!?」とむせた。


《お、オイ!? それは反則だろ! それに、そこまではやってないが!?》


《でも、いろんなところにちゅーした》


《そ、それはそうだが!? ……フンっ、いいのか? オマエがそのカードを切るならワタシも開き直って、本当にもっといろんなところにちゅーするぞ!》


《……っ!》


 並んで座っていたあんぐおーぐがイスを寄せてくる。

 肩が触れ合う。くちびるに彼女の吐息がかかって……。


《――く、くちびるのちゅーはまだダメぇ~っ!》


 俺は慌てて、あんぐおーぐを押し返した。

 事故ならともかく、そこは”きちんと”してからじゃないと。だから、その……。


《か、かわりに……ほっぺたなら、いいよ?》


《~~~~っ!》


 俺は上目遣いにあんぐおーぐへと伝えた。

 これが最大限の譲歩、のつもりだったのだが……。


《イロハ、オマエはむしろここまでされてガマンしてるワタシの理性に感謝すべきだ》


《へ? なんで?》


《こ、これだからオマエは!? はぁ~もうっ! ……ちゅっ》


 首を傾げていると、不意を突くように俺のほっぺたへあんぐおーぐが口づけした。

 まさか、本当にされるとは思っていなくて、俺はキョトンとして……それから、照れて顔が熱くなった。


《オマエ、”そのとき”が来たら本当に覚えてろよな。ったく……ぱくっ、もぐもぐ》


 あんぐおーぐが食事を再開し、大げさにもぐもぐと口を動かす。

 彼女の顔も真っ赤だった。その口元に自然と目が惹きつけられて……。


《《……》》


 さっきとは違う意味で、食卓は妙な緊張感に包まれていた。

 俺は誤魔化すように、わざとらしく「しまったー」と声を上げた。


《そうだった。わたし、あー姉ぇの配信のアーカイブ見ないといけないんだったー》


 そう、これはファンの義務。

 だから決してこの空気に耐えきれず逃げたわけではない。断じてない。


『”みんな元気ぃ〜? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆” 姉ヶ崎あねがさきモネでーすっ☆』


 そんなわけで再生した、あー姉ぇとアイルランド在住VTuberによる『本場に学ぶハロウィン!』配信。

 なのだが、さすがはあー姉ぇと言うべきか。


 なんと、初っ端から機材トラブルに見舞われていた。

 いつもの俺ならそれを見て「まったく、なにやってるのあー姉ぇ」と呆れるところだが……。


《キャーっ! アネゴー! あっはっは、いつものやらかし最高ー! 大好き・・・ー!》


《……ムゥ。いつも思うが、配信見てるときのイロハって人格変わるよな》


 ボソっと、なぜかちょっと不機嫌そうにあんぐおーぐが言う。

 けど、そう言われたって仕方ない。配信を見ているときの俺は、あー姉ぇの友人ではなく……。


 ――”アネゴ”の大ファンなんだから!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る