第304話『見えないものを見ようとして』


 さて、あー姉ぇの配信で起こったトラブルだが、どうやら立ち絵が表示されないらしい。

 それで、どうするのかと思っていたら、なんと……。


『ま、いっか~!』


 そのまま続行しやがった。

 画面上にひとり残された、コラボ相手……アイルランドの子が「ふぇえん!」と悲鳴を上げていた。


 かわいそうに。その大変さはよくわかる。

 が、それはあー姉ぇとコラボした者の宿命。諦めて受け入れるしかないな!


《アネゴのやつは相変わらずだなー》


《あはは、たしかに》


 食事を終えたあんぐおーぐが画面をのぞき込んでくる。

 登校まではすこし時間があったので、食器を片付けてからふたりでソファへと移動する。


 いつものように引っついて座り、配信の続きを見る。

 あー姉ぇは国際コラボの相手を振り回しながら、本場ハロウィンの解説を受けていた。


《へー。意外と、ハロウィンについてワタシが知らなかったこと多いな》


《わたしも。ちらほら知らないのあるかも》


 ハロウィン発祥の地であるアイルランド。

 もともとジャック・オー・ランタンはカボチャじゃなくてカブだったという定番ネタから、現地ではなぜか花火が人気という話まで。


『オーケーオーケー! ヒュ~っ、ボンっ! ビューティフォー、イェアーっ☆』


《アネゴ、簡単な英語で話してくれてるんだから”ファイアワークス”くらいわかってくれ》


《あはは。まぁ、あれで伝わってるみたいだし》


 ちなみに現地では花火が違法だから、わざわざ北アイルランドで購入して持ち込むのだとか。

 当日はパトカーのサイレンと花火の音でドンチャン騒ぎらしい。


《と、そろそろ登校時間だ》


 アーカイブももうすぐ終わりそうだった。

 しかし、このままキレイに終わらせないのがあー姉ぇクオリティ。彼女は最後の最後でやらかしてくれた。


『ところでみんな気づいた~っ? じつは機材トラブルってのは……ウっソー! あたし、ちゃーんと配信に映ってたんだよ姉ぇ~っ?』


《ま、まさか!?》


 イヤな予感がした。

 電話で言っていた「ドッキリ仕掛けるの、結構おもしろいかも」というセリフが思い起こされる。


 頼むから、外れてくれ!

 そう願うが……往々にして、こういうときにかぎって予想は当たってしまうもので。


『じつは今、あたしは……透明人間のコスプレをしてるんだよ姉ぇ〜! だから、画面に映らなかったというわけなんだよ~っ!』


>>一本取られた、これは天才の発想(愛)

>>いや、機材トラブルはガチでそれを誤魔化してるだけでは?

>>↑アネゴならありうる


『なぁっ!? 失敬な! これが元からの仕掛けだって証拠に今、あたしは全裸で配信してるから姉ぇ~っ? ほら、服だけ浮いてるように見えちゃうでしょ?』


《ぎゃーっ!? やっぱりー!? ちゃんと言ったよねぇ、わたし!? 服着ろって!?》


>>本人が全裸になってても、オレらからはわかんねーよwww

>>全裸!? ズボン脱いだわ

>>アネゴが全裸配信してるって、マ?(愛)


 案の定、コメント欄は『全裸』に関することで埋め尽くされていた。

 さすがはあー姉ぇ、企画力自体は高いんだ。透明人間ってネタ自体はおもしろいと思う。


 けど、全部『全裸ソッチ』に持っていかれてんだよなぁ!?

 毎回、絶対にトラブルを起こさないと気が済まないのか、あいつはーっ!?


『配信の直前にイロハちゃんやおーぐと通話してたんだけど、この姿見せたら「なにやってんの!?」ってめっちゃ怒られてさー。ひどいよ姉ぇ〜? あ、ちなみにふたりがどんなコスプレしてたかと言うと~……』


《《わたし(ワタシ)たちを巻き込むな!?》》


 ふたり揃って、画面の中のあー姉ぇへとツッコミを入れた。

 これはあとであー姉ぇを説教しないと。


《ほんと、なんてヤツだ。けど、イロハはアネゴのこういうところが好きなんだろ?》


《いやいや、それとこれとはべつだから!?》


 まったく、推しとリア友になってしまうとホントに困る!

 ただの傍観者いちファンではなく、当事者になってしまうことがあるから。


『まぁ、でもーみんな透明人間なんか見慣れてるよ姉ぇ~。どうせなら、ほかのコスプレにしたほうがよかったかなー?』


>>透明人間なんてそうそういてたまるか!www

>>↑たまにいるのかwww

>>↑透明人間モノは9割ウソだからな!


『またまた~、そんなこと言って。だってみんなの彼女は毎年、”透明人間”のコスプレしてるじゃん! ……あっ、毎日の間違いだったかー!」


>>オイ!?www(愛)

>>あーあ、これはライン越えwww

>>それを言ったら戦争だろうが!


『なんでみんな怒ってるの?』


《《お前(オマエ)のせいだろうがー!?》》


 またしても、ツッコミがあんぐおーぐとハモった。

 あー姉ぇの場合、わざと煽ってるとかじゃなくて、これが素なんだから余計にタチが悪い。


 と、そのときチャイムが鳴った。

 慌てて時計に視線を向け……。


《や、ヤバい!? 学校遅刻しちゃう! あーもう、あー姉ぇが変なこと言い出すから!》


 急いでカバンを引っ掴み、玄関のほうへ。

 送迎してくれているシークレットサービスの人が、あまりに遅いから迎えに来てくれたのだろう。


《待て待て、イロハ! そのままの恰好で行くとマズい! と、とりあえずコレ使え! ワタシのマフラー!》


《そ、そうだった!? 危ない危ない! ありがとうね、おーぐ! ……いや、元はといえばおーぐのせいなんだけどね!? とりあえずこれで、誤魔化せるだけ誤魔化してみるよ》


《オウ。いってらっしゃい》


《いってきます》


 家を出て、アパートの廊下を駆ける。

 首にはなにかを隠すようにマフラーが巻かれていた――。

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