第305話『事後バレRTA』

 俺はシークレットサービスの運転する車に揺られていた。

 窓ガラスにはうっすらと、マフラーを巻いた自分の姿が映っている。


 あと一応、手袋も。

 これらはマイとイリェーナちゃんにクリスマスプレゼントでもらったものなのだが……。


《まだちょっと時期が早いんじゃない~?》


《ごほっ、ごほっ!? そそそ、そんなことないですよ! わたし……そう! 寒がりで!》


 シークレットサービスの女性がニヤニヤと笑いながら言ってくる。

 うっ、これは確実にバレてるな。


 マフラーの下にキスマークを隠していることを、わかったうえでからかってきてるんだ。

 昨日の晩、どこまで見られていたのか、どこまで聞かれていたのかは知らないが。


《ところでイロハちゃん、あの記事はもう見た?》


《あの記事? あー姉ぇの『全裸配信』の話ですか?》


《えっ、全裸!? ……お姉さん、あんまり人の趣味をとやかく言いたくはないけど、イロハちゃんは未成年だしそういうの見るのはあんまりよくないと思うかな》


《ち、ちっがーう!? わたしの趣味じゃなくて!?》


《冗談、冗談。そうじゃなくて、昨日のイタズラの話》


《イタズラ?》


 だ、ダメだ。イタズラと言われても、あんぐおーぐにされたちゅーのことしか思い出せない。

 しかし、シークレットサービスの女性が言っているのはそれではないだろう。


《ほら、これ》


 首を傾げていると、タブレット端末が差し出された。

 受け取ると、画面にはどこかのネットニュースのページが表示されていた。


《えーっと?》


 そこにはハロウィンで派手にイタズラされた1軒の家の写真が載っていた。

 いや~、大変だなぁ。この家の主はきっと、子どもたちをもてなさなかったんだろうな~。


 数十か国語で罵倒が書かれていて、1周回ってもはや現代アートのよう。

 記事でも「まるで世界の罵倒博物館だ」と評されていた。


《へー、わたしたちがイタズラした以外にも、こんな目に遭っている家があったんですねー》


《そんな家がほかにあるわけないでしょーが!? これ、イロハちゃんがイタズラした家だからね!?》


《で、ですよねーっ!? あの、もしかしてファンの人たちにもバレてたりしますか? これ?》


《いや、アタシたちも偶然見つけただけだし、小さな記事だからねー。安心して》


 俺は「ほっ」と息を吐いた。

 そこまで大きな話題になっていなかったのは、不幸中の幸いだな。


《いざとなったらアタシたちのほうで揉み消すから》


《あっ、「安心して」ってそういう意味ですか》


《だからって、なにしてもいいわけじゃないからね? 揉み消すのもタダじゃないし。けど、なんでまたこんな特徴的なラクガキをしたの?》


《ご、ごめんなさい。その、罵倒にもバリエーションあったほうが恨みが伝わりやすいかなー、と思って。それに外国語なら、ほかの子たちのイタズラ書きとも被らないし》


《読めなきゃ、なにも伝わらないんじゃ?》


《……ハっ!? い、いや! でも読めない文字のほうがスプーキーですし!》


《まぁ、そいうことにしておきましょうか。実際……ほら、ここ。家主のインタビューが載ってるけど、イロハちゃんのイタズラでずいぶんと懲りたみたいだし。「呪われる」ってさ》


《べつに呪文を綴ったわけではないんですが。いやでも、ラテン語って”それっぽい”か?》


《「書いたのは小人の形をした悪魔に違いない!」ってさ》


《それは上まで手が届かなかっただけ!?》


 しかしまぁ記事を読んでみると、男性はずいぶんと反省しているらしかった。

 ハロウィンは子どものイベント、だが自分は独り身。


 幸せそうにしている人たちに嫉妬して、痛い目に遭わせてやりたくなった。

 あるいは、構って欲しくて子どもたちにイジワルをしてしまった、と。


 次回からはちゃんと子どもたちを、正しくもてなそうと思います。

 そう、インタビューは締めくくられていた。


《反省した? もうしません? 許すわけねーだろーが、テメェこのクソ野郎。わたしの推しに……》


《イロハちゃん、イロハちゃーん!? もう終わった話だから、ねっ? 戻ってきてー!?》


《す、すいません。取り乱しました》


《び、ビックリした。VTuberが絡むとホント人格変わるよねー。もうちょっと冷静でいないと》


《いいえ! むしろ、VTuberが絡んでも人格が変わらない人間のほうがおかしいんです!》


《……そ、そっかー》


 シークレットサービスの女性が遠い目をしながら同意した。

 おい、なんだその「めんどうだし聞かなかったことにしよう」みたいな反応は。


《でも、本当に気をつけてね? イロハちゃんがやったことってある意味、違法だし》


《うっ!? そ、そうですよね。たしか、日本でもアメリカでもラクガキは器物損壊罪になりますもんね》


《違う違う、そっちじゃなくて。ハロウィンの日に仮装してお菓子をもらうのって、年齢制限があるんだよ》


《……へっ!?》


《12歳だったり14歳だったり、罰金だったり禁錮だったり。地域によって内容はまちまちだけど》


《き、禁錮ぉ!?》


 そ、それは事前に言ってくれ!?

 俺もあんぐおーぐも年齢をオーバーしている。


 それに、まさかそんなにも重い刑罰が設定されているだなんて!?

 牢屋に入りかねない重罪だったなんて!?


《なーんてねっ!》


《え?》


《あはは、ビックリした? 特定の州にそういう法律があるのは本当だよ。けど、名目だけで実際に禁錮刑になった人はひとりもいないよ》


《も、もう! 脅かさないでくださいよ!》


《でもまぁ、ほどほどにね~。昨日の晩については、アタシたちは”なんにも見てない”けど》


《……た、助かります》


《あっ、もう片方・・・・についてもなーんにも見てないし、聞いてないからねー》


《今のひと言は絶対に余計でしたよね!?》


 やっぱり見られてたんじゃないかー!?

 けど、気をつけておこう。


 自分の常識がその土地の常識とはかぎらない。

 いつか、その差が命取りになったり……逆に、理解することで命が救われることがあるかもしれない。


《っと、到着。ちょうどバスも来てるね。それじゃあ、がんばってね~》


《が、がんばります》


 シークレットサービスの女性がちょんちょんと首元を指差しながら、俺を見送った。

 さぁて、どこまで誤魔化しきれるのか。それが問題だ。


   *  *  *


《!?!?!? ま、まさかこの痕って……!?》


 ぎゃーっ!? なんでーーーーっ!? 

 ただ今のタイム、スクールバスの座席についてから5秒――。


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