第299話『ハロウィン・モンスターの目覚め』
《イロハちゃん、おーぐちゃん! おかしもらえてよかったね~!》
《こ、殺してくれっ……!》
娘ちゃんがニコニコとお菓子を入れてもらったカゴを覗き込んでいた。
その横ではあんぐおーぐは顔を覆っている。
《ふふふ、ダメでしょおーぐ? やるなら思いっきりやらないと。だからリテイク食らうんだよ》
《横からケチつけてきたオマエのせいだろーが!?》
《あれ〜、そうだっけ? ところで今の録画してたんだけど、あー姉ぇに見せてあげようかなー?》
《そ、それだけはヤメてくれ!?》
俺はそうあんぐおーぐをからかっていた。
まぁ、さっきやられたことの仕返しなんだが……。
彼女に”イタズラ”するのはちょっと楽しいかもしれない。
どうやら俺も、ハロウィンのこの空気に当てられているようだ。
《イロハちゃん、おーぐちゃん。つぎいこ! つぎー!》
娘ちゃんに手を引かれて、順番に家を回っていく。
お菓子はあっという間に溜まっていった。
最初は「どちらが先に行くか」であんぐおーぐはともめていたが、次第に慣れて交代で行うように。
そして、次に訪れた家なのだが……。
《うん?》
ここの庭、ちょっと荒れてるような?
しかし、娘ちゃんはもうノリ気になってしまっているらしく、ズンズンと進んでいってしまう。
《イロハちゃん、おーぐちゃん。はやくー!》
《う、うん》
えーっと、次は俺の番だったか。
まぁ、玄関にカボチャ色のライトも光ってるし。ダメでも帰ればいいだけか。
俺はそんなことを考えながら、ジリリリと呼び鈴を鳴らした。
次の瞬間、バァン! と乱暴に扉が開け放たれ……。
《トリック・オア――》
《さっきからウッゼェんだよクソガキがぁあああ!? ブっ殺されてぇのか!? あぁん!?》
《っ!?》
出てきた男性に至近距離から怒鳴られ、俺は硬直した。
とても怖く……ない! 全然、平気だった。
なんというか、ぶっちゃけもう慣れた。
まぁ、こんなことに慣れているのもどうなのかと思うが。
《あ~、もう》
けど、いきなり大声をぶつけるのはやめて欲しいもんだ。さすがにビックリはするし、耳もキーンとする。
なんてのんきに考えていたら、視界の隅でシークレットサービスが動いているのが見えた。
”あ。こっちは大丈夫ですー”
なので、そうメッセージを送ってやる。
こういう見極めもお手のもの。今回の相手は悪党ですらないな。本当にヤバいヤツはもっとオーラがある。
とはいえ、これ以上絡まれてもなんだし。
と、俺はあんぐおーぐを連れてさっさと離脱しようとした、そのとき。
《お……オイ、オッサン! ケンカならワタシが相手だ!》
それよりも早く、あんぐおーぐは俺と男性の間に割り込むようにして、立ち塞がっていた。
な、なにをやってるんだ!?
《お、おーぐ!?》
危ないから、早く後ろに下がって……と、言おうとしたとき。
あんぐおーぐは振り返って、ギュッと俺の手を握りしめた。
《い、イロハ。大丈夫だぞ、安心しろ。オマエのことは必ずワタシが守るから》
あんぐおーぐはそう、ぎこちない笑みを浮かべていた。
彼女の手は震えていた。
もしかして怖いのか?
自ら飛び出したというのに。
《……》
いや、ちがう。怖くて当たり前なのだ。
あんぐおーぐだって普通の女の子なのだから。
俺みたいに何度も事件に巻き込まれて、そして慣れているわけじゃない。
鈍感で「いざとなったら護衛がいるし」と割り切れているわけじゃない。
《おーぐ……》
あんぐおーぐの場合、それは余計にかもしれない。
厳重に警護されているからこそ、逆にこういった経験が少ないのかも。
なのに。怖いはずなのに。
彼女は必死に俺を庇い、守ろうとしていた。
《……?》
あれ? と、俺は自分の胸元に手を当てた。
ドキドキと心臓が早鐘を打っていた。
さっきまではそんなことなかったのに、どうして急に?
自分でも気づいてなかっただけで、本当は怖かったのか? それとも……。
《……》
ギュッとあんぐおーぐの手を握り返す。
触れ合う手のひらにじんわりと汗が滲んでいた。それは彼女の緊張か、それとも上がった俺の体温か……。
見かねたらしいパパさんが「ちょっと」と会話に割り込んでくれる。
ビックリしたのだろう、固まってしまっている娘ちゃんを抱き寄せながら、彼は言う。
《今日はハロウィンですよ。どんなイヤなことがあったのか知りませんが、こんな小さな子どもたちにその態度はないでしょう》
《うっ、うるせぇ!》
パパさんのガタイを見て、男性はやや怯む。
しかし、次のパパさんの言葉を聞いた瞬間、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
《それに”ジャック・オー・ランタン”のランプを飾っておいて「来るな」ってのは、あまりにも理不尽ではありませんか?》
《ギャハハハ! オイ、よく見ろよ。どこにそんなもんが飾ってあるんだ? 言ってみろよ、あァん!?》
《いえ、ですからそこに》
パパさんが指さそうとして気づく。
それはそっくりなだけの、ただのオレンジ色のランプだった。
《ど・こ・に、そんなものがあるんですかぁ〜?》
こいつ、絶対にワザとだな。
最初から子どもをおびき寄せて、ストレスのはけ口にするつもりだったのだろう。
本当にタチが悪い。
パパさんもさすがに眉をひそめていた。
《来てほしくないなら玄関のライトを消してはいかがです?》
《オイオイ、自分の勘違いを棚に上げてなーに上から目線で言ってやがんだ? だいたい、なんでクソガキどものほうにオレが合わせなきゃなんねぇんだよ!》
《ですが》
《あーもう、うぜぇうぜえ! さっさと消えろ! 二度とくんじゃねぇーぞ! 特別に今回だけは
男はそう下品に笑った。まぁ、こういうヤツはどこにでも一定数いるもんだ。
実害があるわけでもなし。関わらずさっさと忘れてしまうのが吉で……。
《――イテっ!?》
あんぐおーぐが短い悲鳴を漏らした。男性が、バァン! とすごい勢いで扉を閉じたのだ。
そのとき扉が彼女を掠めて……。
《………………あ?》
すまん、前言撤回だ。
コイツにだけは――罰を与えなきゃ、気が済まない。
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