第298話『スプーキー・ベイビー』
《イロハちゃんっ、ほら! みてー! スゴいでしょー!》
《おぉ~、たしかに》
時はすこし戻り……。
俺たちはアパートを出たあと、パパさんの車に乗せられて近くの住宅街まで来ていた。
このあたりは明かりの点いている家が多いようだ。
それに、庭にハロウィン用の気合が入った飾りつけをしているところも多い。
《へぇ~。かなり雰囲気あるな……って、ひっ!? キャアアアーーーーっ!?》
俺はそれを見た瞬間、思わず悲鳴を上げてしまった。
ちょうど歩いていた道の、すぐ真横にある家の庭。
そこに、なかば白骨化した死体が転がっていたのだ。
いつの間にか、ここまで濃密な腐臭が漂って……あれ? こないな?
《ひゃつっ!? お、落ち着けイロハ! ただのオブジェだから!?》
《へっ、作りもの? うわっ、本当だ!?》
あまりにもリアルすぎて、見間違えてしまった。
こっちのハロウィンの飾りつけって、あまりに迫真すぎるだろ!?
《はぁ~、よかった! もうっ、本当に怖かったんだけど!》
《アハハ。イロハはこっちのハロウィンはじめてだもんな。あと、こういうときは”
《”スプーキー”ね。了解》
まったく、勘弁してほしいもんだ。
俺はお化け……というかVTuberに関係のないことなら大抵は平気なのだが、死体だけは本当にダメだ。
なにせ自分の死体を目撃してるんだ。
むしろ、それでトラウマにならない人がいたら知りたいもんだ。
《はぁ~。でもよかった、ニセモノで。って、うわっ!? ご、ごめんね、おーぐ! わ、わたしいつの間に抱き着いちゃってたんだろう!?》
《えっ、あ、おうっ!? き、気にするな!》
無意識にギュッとあんぐおーぐにしがみついてしまっていた。
そういえば、途中で彼女が変な声を上げていたが、俺のせいだったのか。急いで身体を離そうとして……。
《べ、べつにいいんだぞ。その、恐かったらずっとくっついてても》
《えっ、と》
《あっ、いやっ!? イヤならべつにいいんだけどな!?》
《じゃあ、その……お言葉に甘え――》
《あ~~~~! イロハちゃんとおーぐちゃんがイチャイチャしてるぅ~っ!》
ビクぅうっ! と俺たちは身体を跳ねさせ、慌てて距離を取った。
ちらりと横を見ると、あんぐおーぐの顔は真っ赤だった。俺も同じだろう。
《ちがうからね、娘ちゃん!? 今のはそういうんじゃなくて!》
《そうだぞ! ワタシたちはべつに!?》
《わたしもなかよしするー!》
娘ちゃんが俺とあんぐおーぐの手を握ってくる。
……す、すまん。俺たちの心が汚れていた。
《えーっと、じゃあ一緒に歩こっか?》
《うん!》
娘ちゃんを真ん中に、三人で手を繋いで歩く。
正確には、俺とあんぐおーぐが娘ちゃんに引っ張られている、といった感じだったが。
《イロハちゃんもおーぐちゃんも、はやくー! おかし、なくなっちゃうよー!》
《《……ふふっ》》
俺とあんぐおーぐは顔を見合わせて笑った。
そんな俺たちをパパさんも苦笑半分、微笑ましさ半分といった様子で見ていた。
さらにパパさんを含めた俺たちを、こっそりとついてきたシークレットサービスが監視している。
なんだ、この入れ子構造。
あと、シークレットサービスのお前ら。
さっきから「きゃーっ! かわいーっ!」って笑ってるの、読唇で聞こえてるからな?
《……はぁ~。でも、推しの生配信見たかったなぁ》
《まだ言ってるのか? 諦めろ。それとも娘ちゃんを放置して帰るつもりか?》
《うぐっ!? そ、それはできないけど~》
罪悪感を抱えたままリアルタイム視聴よりも、アーカイブだろうと心置きない視聴のほうがいい。
そちらのほうが配信をきちんと楽しめることは、経験則でわかっている。
《でもなぁ〜》
《まぁ、せいぜいハロウィンを堪能するんだな。ほら》
《イロハちゃん、おーぐちゃん! とうちゃーく!》
家の玄関前に到着する。
そこにはカボチャのランプなどが飾られており、受け入れ準備万端といった様子。
《じゃあねー、わたしがいちばん”おねえさん”だからー、イロハちゃんとおーぐちゃんがさきでいいよー!》
《《……んっ!?》》
《ほら、はやくー!》
《《……》》
娘ちゃんがパッと手を離した。瞬間、俺とあんぐおーぐの間で戦争が起こった。
お互いをバチバチとけん制し合う。
《おーぐ、先に行って!》
《イーヤ! 先に行くのはオマエだ、イロハ!》
あんぐおーぐが俺の背に引っつくように、回り込んでくる。
露出している素肌に触れられて、俺の口から「ひゃんっ!」と声が漏れた。
《ちょっと、変なところ触らないで! あと……むぐぐぅ~っ、先はおーぐだって言ってるでしょー!?》
《ワタシのほうがお姉さんだからな、先は譲ってやる! だいたい、子どもの黒歴史はカワイイもんだろ! けど、大人になってからの黒歴史は一生残るんだぞ! だから、生贄になるのはオマエだー!》
《ハイスクーラーはもう子どもで済むか怪しい年齢でしょうが!? それに外見なら大差ないでしょ!》
お互いをグイグイと押し合い……しかし、一歩前へと出てしまったのは俺のほうだった。
ちくしょう。力勝負になった時点で俺の負けは確定していた。
《ほらっ、観念するんだな》
《……うぅっ。わ、わかったよ》
羞恥を押し殺し、ジリリリと呼び鈴を鳴らす。
ガチャリと扉が開かれ……。
《――と、”トリック・オア・トリート!” お菓子くれなきゃ、イタズラしちゃうぞーっ!》
俺は火が出そうなほどの熱を顔に感じながら、両手をあげて叫んだ。
ちらりと閉じていた目を開き、出迎えてくれた人の様子をうかがうと……。
《あんれまぁ~。またずいぶんとかわいいモンスターさんが来たもんだわねぇ~》
アメリカ人のおばちゃんが微笑ましい顔で、俺を見ていた。
は、恥ずかしいぃ~~~~!?
《はぁい、お嬢ちゃん。”ハッピー・ハロウィン”。いっぱい持っておいきー》
《う、うぅっ。あ、ありがとうございます。は、はは……》
本当にお菓子をもらってしまった。俺、もういい大人なのに。
なにかこう、大切なものを失った気がした。
《アッハッハっ! イロハ、オマエ……スッゴクかわいかったぞー!》
《こ、こんのっ!?》
《じゃあ、つぎはおーぐちゃんのばんだねー!》
《……あ》
フフフ、とあざけるような目をあんぐおーぐへと向けてやる。
俺を笑ったんだ、覚悟しろ。じっくり観察してやる!
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